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2010年9月15日 (水)

カンナで繋ぐ平和のバトン!世界中の人の心に平和の花を咲かせましょう!

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広島市立大州小学校で咲いたカンナ 2009年夏
 (写真 長谷校長先生)

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カンナプロジェクトのブログを始めます。橘凛保と申します。

「カンナで繋ぐ平和のバトン!世界中の人の心に平和の花を咲かせましょう!」をキャッチフレーズに希望の花ー真っ赤なカンナの花を子どもたちと咲かせています。

現在、広島、長崎、沖縄、東京、大阪、兵庫県豊岡、鹿児島奄美大島と霧島、三重県伊勢、長野県須坂、フランスのモンサンミッシェル、そして、パリで咲いています。

なぜ「平和のバトン」なのでしょうか…?

なぜ「真っ赤なカンナ」なのでしょうか…?

今から65年前、日本には悲しい出来事がありました。忘れてはならない悲しい出来事が……。

1945年8月6日8時15分
人類史上初めての原子力爆弾が広島に落とされました。
なんの前触れもなく突然に……。

花も 人も 鳥も 草も 犬も 蝶も 家も ‥‥‥

すべてが一瞬に消えました。

何が起きたのか、まったく考える術も与えられず ただ、ただ、悲惨な現実だけがそこにはありました。
しかし、ひと月後‥‥瓦礫と化した真っ黒な焦土に、爆心地からわずか820mというところに‥‥真っ赤なカンナが咲いたのです。 緑の葉を豊かにゆらしながら真っ赤なカンナが咲いたのです。

みなさんも目を閉じて、この光景を描いてみてください。75年は草木も生えないといわれた、絶望の地に‥真っ赤なカンナの花が咲いている光景を‥‥

真っ黒な大地 真っ赤なカンナ 青々と茂る緑の葉
広島は見事に復興しました。

どんなに恐ろしい爆弾も 小さなカンナの生きる力を奪い取れなかったのです。
人々の生きる力を奪い取れなかったのです。

真っ赤なカンナは自らが率先して、明るく元気に、希望をもたらしてくれました。
生きる勇気をくれました。

そういえば、私が子どもの頃は この花はあちらこちらに咲いていました。駐車場の片隅、電車の線路脇 家家の庭の隅に‥‥

誰も世話をしないようなところにも、健気にしかし元気に明るく咲くカンナ

人と同じくらいの背丈に伸びたカンナの花 不思議な力強さを秘めた元気な花です。

広島の子どもたちはカンナの花を知りません。

いいえ、広島の人たちは、この生きる勇気と希望をくれたカンナの花の咲いたことさえ知らなかったのです‥‥‥。

2004年初めて広島に行った橘凛保は原爆資料館で一枚の写真と出会いました。
カンナの写真です。

「絶望」「絶望」を見せつけられた資料館の最後に 橘は「希望」を見つけました。

20005年8月、橘はカンナの物語を発表しました。
120人の聴衆の誰一人として、カンナの花が咲いたことを知らなかった。

そこから、橘のカンナの旅は始まったのです。

明日に続く

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