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2010年11月

2010年11月19日 (金)

コウノトリの郷豊岡、志賀直哉の城崎にて……小学校講演・演奏会

コウノトリの郷豊岡、志賀直哉の城崎にて……小学校講演・演奏会
コウノトリの郷豊岡、志賀直哉の城崎にて……小学校講演・演奏会
橘の家で咲いた広島⇒長崎へバトンしたこのカンナを花ごと城崎小学校に届けました

11月10日

城崎地方ではこの時期、狐の嫁入りというのでしょうか…、晴れているのに雨が降る そんな天気の日が多くなるそうです。

この日もそんな天気でした。 朝と夕方に虹が出ました(写真上段)
そんな虹の中を城崎小学校にてカンナの講演・演奏会ができたことはとてもうれしいことでした。

野澤さんの豊岡、永楽館の出演が決まり、子どもたちに浄瑠璃でカンナを聞いてもらうことができました。
日本にしかない原爆の体験を日本の伝統音楽で伝えることはとても意味のあることだとおもうのです。浄瑠璃は魂を浄化するとも言われています。

城崎小学校は一年生〜六年生までで116人ほどの小さな学校です。
とても素直な、反応の良い子どもたちでした。六年生の担任のT先生はモンサンミッシェルに行ったことがあると話しかけてくださいました。子どもたちがそれを聞いて歓声を上げていました。教室に帰ってから、たくさモンサンミッシェルの話を聞いたことと思います。

昨日の打ち合わせにはご出張の校長先生もとても暖かく迎えてくださり、よい講演、演奏会をさせていただきました。ありがとうございました。
教頭先生は花を育てるのは得意だということです。カンナのこともよくご存じです。城崎は雪が降りますが、安心して冬を越すことができそうです。
打ち合わせの時にお渡しして置いた白島小学校と幟町小学校と長崎精道小学校のカンナをプランターに活けて会場に飾って下さいました。
子どもたちは大切に花を咲かせてくれると言ってくれました。

来春にまた、もう少し新たに掘り起こした球根を送りますね。

会場には、城崎で友達になったアーティストのBさんも鳥取から駆けつけて下さいました。 とんぼ返りで鳥取に帰りました。 校長先生にご紹介したところ、お祖父様や曾祖父母さまが城崎小学校に通われていたこともあり、ご縁があらためて繋がりました。
今メールが届き、城崎小学校に作品を寄贈する事になったそうです。良かったですね!うれしいです。お祖父様、曾祖父母さま共にお喜びですね!
鳥取から早起きしていらして下さって良かったです。Bさんもそう言って下さいました。
I さんも奥様といらして下さいました。
2年ぶりの再会でした。 とても喜んで下さいました。私もうれしかったです。城崎の創作浄瑠璃着手再開しようと思います。

Sさんのご子息さまは、城崎小学校のPTA会長でした。
みんなが繋がって行くことこそが、平和の象徴です。
カンナがつないでくれています。田辺さんがあの笑顔で見守って下さっているのを感じます。

みんなでカンナを咲かせていきましょう!

写真のカンナは、長崎精道小学校からの株分け植栽のものです。まだ花が咲いていたので、大切に届けました。

花が咲いていて子どもたちにも、カンナがどんな花かわかって貰えました。

温泉街にカンナを咲かせて下さいますように祈ります。

今日もかわいくて、元気で優しいカンナ大使が116人誕生しました。

2010年11月17日 (水)

コウノトリの郷豊岡、志賀直哉の城崎にて……小学校講演・演奏会

一通のお手紙

9月だったでしょうか…

志賀直哉の小説で有名な城崎にお住まいのお蕎麦屋さんSさんから久しぶりにお手紙が届きました。

「ご無沙汰しております。カンナを植えてみたくなりました……」と。

Sさんとは2005年12月、「城崎の温泉の浄瑠璃を書いてほしい」とM旅館のIさんから頼まれて城崎に取材に訪れた時にお会いしました。城崎の歴史に詳しいSさんの案内で城崎での取材が始まりました。

城崎町は合併されて豊岡市となっていました。おりしもコウノトリの話題の真っ只中でした。(コウノトリのこと、取材のこともお話ししたいことがたくさんあります。いずれ書くといたしましょう)

かなり取材が進んだ時にI さんが倒れられたことで休止していたのです。
I さんの回復を待って再開しようと思っておりましたが、その頃からカンナを咲かせることが忙しくなり、そのままになっておりました。
時折のお手紙のやりとりでしたが、このたび、カンナを植えたいとおっしゃって下さったのです。
とてもうれしいお手紙でした。

I さんにも、温泉寺のご住職にもお会いしたいと思いました。

春に修学旅行で広島の本川小学校で掘り起こし作業をして下さった豊岡市立小野小学校での講演が11月に決まっていましたので、非常にタイミングが良かったのです。
11月に行くことになりました。

11月は豊岡の永楽館で歌舞伎の舞台があります。豊岡では年に一度の歌舞伎公演です。

万が一、三味線の野澤松也さんが、この舞台に出演になれば、演奏もできます。
三味線奏者の配役決定は2週間前ですが…五分五分の可能性ならば掛けて11月を選びました。

子どもたちによりよい方法(カンナのことにプラスして浄瑠璃も学んでもらえる)で聞いてもらいたいと思います。

演奏があればベスト。なくてもカンナは伝えられます。
とりあえず、11月10日11日を設定しました。

さてさて、運を天にお任せしてみることにいたしましょう……

野澤松也さんの出演はいかに……

2010年11月 8日 (月)

名もない貴い方への配慮を説いた若き校長先生に心から哀悼の意を込めて…

「土地の名士でもなく、肩書きがない人の中に、本当に学校や子どもたちのために尽くして下さる方がいます。そういう貴い方々を大切にお迎えしましょう!」そういう教えを遺して、若い校長先生が亡くなりました。

10月20日、近隣小学校の前、前校長先生が急に亡くなりました。51歳でした……。

私が茶道を教えている学校でお世話になった女性の校長先生です。

私事て恐縮ですが、13年前から、住まいの近くの小学校で子どもたちにお茶の文化を伝えています。そんなご縁でそのN校長先生と出会いました。

茶道のお稽古は、月に一度、お点前も教えていますが、お茶の心を感じてもらえたらと思っていたしております。

お点前は限られた人数にしかできませんので、全員に体験してもらうために、 月に一度、平日の休み時間に、学年ごとに抹茶を飲みに茶室に招きます。

20分休みとお昼休みで60人からの子どもたちがやってきます。水屋はてんてこ舞いですが、子どもたちは正座をして「頂戴いたします」と言って意外にも落ち着いて臨んでくれます。

実は、この学校にはお茶室があります。
20年前、創立20周年の時、改修工事で、空教室が和室になったのです。
私も、周年行事に携わったので、和室のことはよく存じておりました。
炉も切ってあり、水屋もある立派な広間の茶室です。もちろん床の間もあります。

しかし、残念なことに7年間は茶室として使われていなかったのです。

今、この地域の住宅では床の間のある家は稀です。
茶室などみたこともない子どもたちがほとんどです。
私は、せっかく立派な施設が眠っていてはもったいないと思い、一念発起して、無償で子どもたちに茶道をさせていただくことにいたしました。

この秋14年目に入りました。
校舎の隅にある茶室でひっそりと稽古していました。
学校の授業の邪魔になっていないかしら、とか、あまり良く思われてないかもしれないと思いながら行なっていました。

N校長先生の前任のM校長先生の時に、とても大事なことと感じて下さるようになりました。M校長ご勇退のおり、そのご推挙で後任に抜擢されたN校長先生は、更に、貴いことと言って下さり何度も茶室を訪ねて下さいました。
学校へ出向けば、教頭先生共々、いつも笑顔でお出迎え、お見送り下さいました。
3年間校長をされて2年前異動となりました。

そして、2010.10.20還らぬ人となりました。…合掌

7月に体調不良を訴え、11月から休みをとって治療にかかる直前の急な知らせに、N校長を知る者は驚き声を詰まらせるばかりでした。胃ガンだったとのこと…今や胃ガンなら…と残念きわまりない思いです。

お通夜に参りました。お焼香までに一時間もならぶ長い長い列が、N校長先生のお人柄やご功績を物語っていました。

「本当に学校のことを、子どもたちのことを大切に思って尽くして下さる方を心を込めて大切にお迎えする事。肩書きではなく何をして下さるのか、きちんと相手を見極めることが大切です」というお考えを、教頭先生以下、全ての先生方に伝えた方だったと、通夜振舞いの席で教頭先生から伺いました。

「肩書きがなくとも、土地の名士でなくても、本当に学校のために尽くして下さる方を大切にお迎えすれば、そういう貴い方々が学校に来やすくなります。そういう環境を私たちがつくるのです。」

わかりやすく、説得力のある言葉です。

しかし、難しいことでもあります。

忙しい職務の中にあって、名士や肩書きのある方々の応対だけでも大変ですのに、学校に足を運ぶ方々全てのなさることを把握することは大変なことだと思います。

ひっそりやっている者のことにまで目を向けて下さることは口でいうほど容易くないと思います。

N校長先生はそれを実践されたと、同席の先生方皆さんから伺いました。

先生の笑顔とお声が思い出されます。

学校のため、子どもたちのために一番尽くして下さったのはN校長先生貴女です。
学校は見事に変わりました。出入りしていて、子どもたちを見ていて感じます。ありがとうございました。
みんなそう思っていらっしゃいます。たくさんの列がそう言っています。

まだまだたくさんの学校を回られて、この教えを広めなくてよいのですか? もう使命を尽くしてしまわれたのでしょうか……?

たくさんの先生がたをこんなに短い間にお育てになったのですね……。
胃の痛みも気づかないほど打ち込まれていたのですね……

どうぞ安らかにおやすみください。

田辺さんと同じように、回りきれない学校を、空から見守って下さるのですね。

……このひと月に二人もの貴い方を亡くしました。

2010年11月 7日 (日)

将来有望な後輩

カンナ大使をして下さっているDさんの息子さんは牛田中学校に通っています。

野澤さんの後輩です。

小学校の時は広島原爆祈念式典での合唱隊の一員だったそうです。

海外でのホームステイも経験していて、しっかりした考えを持った少年です。

その彼が、今回のモンサンミッシェル凱旋公演にお父様と同行して下さいました。

小さい頃からバイオリンを習っていることもありますから、三味線にも関心を持ってくれたのではないかと思います。

自分を見つめて、人の話を聞く好感の持てる少年です。

将来の夢も口にだして言える素直さと意志を持った少年です。

現在、中学2年生。 将来が楽しみです。

そして、こういう子たちにカンナのことを伝えていきたいと思います。

牛田中学の野澤さんの後輩もあります。
牛田中学校でも是非カンナを咲かせて浄瑠璃の演奏も聞いていただきたいと思います。

来年は彼も3年生です。
来年春にカンナが植えられることを祈ります。

野澤さんの母校でもあります。同級生も応援して下さいます。
彼のお父様はカンナ大使です。
きっとカンナを咲かせられると思います

2010年11月 6日 (土)

白島小学校の新しい校長先生

白島小学校

白島小学校の校長先生が替わられてから、なかなかご挨拶に行かれずにおりました。このたび、漸く訪ねることができました。

広島ホームテレビの報道の方とお会いしたのですが、白島小学校がすぐ近くだとわかり、突然ながら寄らせて頂いたのです。

校長先生がご不在でも、カンナ見て帰ろうと思いました。

前任の校長先生は、2008年、一番はじめにカンナ植栽に賛同して下さった先生です。今年の春でご勇退ということはその時からお話し下さいました。

今は個人としてもカンナ大使になって協力して下さっています。

新しい校長先生も賛同して引き続きカンナを咲かせて下さるか‥‥正直不安もありました。

今回の訪問でそんな不安はすっかりなくなりました。
急な訪問にもかかわらずあたたかく迎えて下さり、お話しすることができました。
やはりお会いすることは大事なことですね。

お忙しい中お時間を下さりありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。広島で咲かせて下さったカンナが大切なバトンになります。

まして、子どもたちの夢や希望を育みながら育てたカンナです。大切に次に届けたいと思います。

第一号のカンナ植栽校です。
末永く咲かせて頂けたらこんなにうれしいことはありません。

松崎校長先生どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
できましたら、個人としてもカンナ大使になって下さったら本当に有り難くうれしいです。

いつかお願いしてみることにいたします

2010年11月 5日 (金)

矢野西小学校のカンナの球根の謎

矢野西小学校は、校長先生が替わられてからなかなか訪ねることができなかったのですが、やっとご挨拶に行くことができました。

今回おりづる園に同行のカンナ大使のKさんOさんから、「矢野西小学校で、カンナの球根全部持って行かれた!と言われました」と聞いて、直接お目にかかり事情を伺いたかったこともありました。
やはり人は会って言葉を交わすことが大事です。

校長先生はじめ、教頭先生、他先生方、皆さま快くお迎え下さり、一辺で誤解が解けました。

春の株分けの際に、球根を受け取りにカンナ大使の方に回っていただきましたが、その時、株分け下さる分の球根だけをいただきにいきましたが、学校側は全て掘り起こして段ボールの箱に入れてあったようです。そうとは知らず、出された段ボールごと車に積んで持ち帰ってしまったのです。なんの疑いもなく、株分け分の球根だと思ったからです。決して、全部持ち帰ろうとは思っても見なかったのです。

ところが、小学校では、全て持ち去られてしまったと思われたのですね。

すみません。私の説明が悪かったのです‥‥。

残念なのは、今年の子どもたちがカンナを咲かせられなかったことです‥‥。
せっかくご縁ができたのに‥‥申し訳ございませんでした。

11月14日に須坂で公演があります。その折りに、小学校の分を頂いて参ります。すぐにお送りいたします。
6年生も良かったら球根植えて下さい。卒業しても学校にカンナを見に来て下さい。
5年生も一緒にお願いします。

校長先生とも誤解も解けて、これからもよいご縁をいただけそうです。

そして、カンナのお世話をして下さってらした先生にも直接お目にかかれました。カンナをよろしくお願いいたします。とお願いいたしました。気持ちよい笑顔で応えて下さいました。
うれしいです。

一銭にもならないことを経費と労力かけてするのはなぜかと考えれば、この一瞬の笑顔に出会うためでしょうか‥‥。同じように心を通わせられる人がいて下さるからです。

『無我』とはそういうことなんだと思います。

来年は真っ赤な花をたくさん咲かせて下さい!どうぞよろしくお願いいたします。
いつも時間に追われ、お目にかかれないまま帰京していましたが、今日ようやくお目にかかれましたことに感謝いたします。

矢野おりづる園

矢野おりづる園

おりづる園の皆様のことを思い出しながら折りました(photo橘)

原爆養護ホームでの演奏会

今回の廿日市市&モンサンミッシェル市姉妹都市一周年記念凱旋公演の折、学校の演奏会は難しい状況でありました。

二学期は、運動会や学芸会や展覧会、音楽会など行事がたくさんあるからです。
廿日市市の予定も決定が遅かったこともあり、忙しいカリキュラムの中に組み込んででいただくのは残念ながらできませんでした。

あと数校、演奏会を約束している学校がありますが、なかなか回れないですね。

今回は、学校での演奏会がなかったかわりに、昨年カンナを植えて下さった『広島原爆養護ホーム矢野おりづる園』で演奏会をすることができました。

学校を優先的に回っていますので、短い滞在では学校だけでスケジュールがいっぱいでした。

講演・演奏会では、毎回伝え方を変えています。

小学校でも学年や人数によって、また、子どもたちの様子に合わせて伝え方を変えるのですが、 今回は被爆者のご高齢の方々です。そして、養護を必要とされる方々です。
考慮してさせていただきました。

皆さまには、一緒に参加して浄瑠璃を語ったり楽しんでいただけたと思います。昔習った三味線の音を思い出して口ずさむ姿もありました。

カンナの浄瑠璃では、嫌な体験を思い出させてしまってよいものかなと懸念したものの、皆さん感動してくださり、体験談を語って下さる方もいらっしゃいました。

65年たっても鮮明に覚えている原爆の記憶‥‥

この方々のかわりに伝えるのは、私たち後に生きる者の務めですね。

去りがたく、何度も部屋を抜け出してロビーの私どものところに来て下さる方‥何度も手をとってお話ししました。
何度も何度もです。

私どもも帰り難く、去りがたく、ひとくちに65年という年月の本当の長さを垣間見たように感じました‥‥
どうぞ、来年もカンナが真っ赤に咲くのを見守って下さい。苦しみや痛みがなく毎日を過ごされますようにと、心から祈ります。

2010年11月 3日 (水)

安田小学校の平和カンナ

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安田小学校の下校時、山本校長先生とランドセル姿の児童と‥(2010.10.18)
子どもたちは、毎日カンナをみながら登下校しているそうです。
右の写真は安田小学校に咲くカンナです。

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広島ホームテレビ報道の方とお会いして外に出ると、そこは安田学園のすぐ近くだとわかりました。突然ではありましたが、入り口の案内の方に尋ねてみました。

「お約束はないのですが・・・・・・」

「どうぞお入りください」と、訪問者のノートに記入してカードを下げて小学校の後者に向かいました。

入り口ですぐに校長先生は私どもに気づき温かい笑顔で迎えて下さいました。

校長室でしばらく話ました。

安田学園として、幼稚園から大学までカンナを植えてくださったそうです。

ありがとうございます。中学生、高校生、大学生そして幼稚園でも講演・演奏会したいです。

大学生には特に、聞いていただきたいです。今度、校長先生にお願いてみます。

(東京では、学習院大学でしたことがあります。)

上の写真は、端正込めて咲かせて下さったカンナです。

カンナ大使の賞状も子どもたちにわかりやすく、目につくところにありました。

子どもたちは登下校の際に見てくれています。平和を祈ってくれているでしょう!

元気をもらってくれているでしょう!

ちょうど下校の児童が通りかかり、校長先生とお話していたので、カンナの前で一緒に写しました。

礼儀正しい子供たちでした。

安田小学校では、カンナの他に、笠地蔵、会津の朝お茶を飲んだから蛇に食べられなかったという話、泣いた赤おにのCDを買って下さいました。

子どもたちが聞いてくれて口ずさんでくれたらうれしいです。

2010年11月 2日 (火)

幟町小学校の平和カンナ

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幟町小学校のカンナです。

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今年の夏は異常な暑さでしたが、大事に育てて下さいました。立て札も立てて下さっています。とてもうれしいです。

今回演奏会ができず、ご挨拶だけでしたが、突然の訪問にも校長先生初め先生方も事務の方も快く迎えて下さいました。ありがとうございます。

カンナを通じて私はたくさんのお金に変えられない大切なものを頂いています。
だからこそ、可能な限り、子どもたちにも、カンナを通じて人の優しさも伝えて行きたいと思うのだと感じます。

また、可能な時に子どもたちに講演、演奏会をさせていただきます。そう約束して帰りました。

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