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2010年12月

2010年12月31日 (金)

茨木のり子さんの詩―カンナの咲く駅根府川駅(小田原)

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          根府川駅            小田原城    22000448_1851_1jpg_2

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  根府川の駅を見下ろして・・(photo橘)    片浦小学校6年生と・・(photoカンナ大使酒井)

東海道線の小さな駅根府川。
小田原と熱海の間にある駅です。

新幹線が走るようになってからは、利用者が激減して1日の乗降客は約1300人。1988年から無人駅になってしまった駅です。

この駅は『赤いカンナの咲く駅』です。

詩人の茨木のり子さん(1926〜2006)の詩が駅舎に掲げられています。今では見る人もいないと言われています…。
戦争中に、電車で通う女学生だった茨木のり子さんの思い出の駅なのでした。
戦争も終わり大人になった茨木のり子さん、詩人になった茨木のり子さんが、その頃を懐古して書いた詩
「根府川の海」の中で咲いていたのは『赤いカンナ』でした。

今もカンナは咲いています。しかし赤いカンナがなくなって来ているそうです。「根府川の駅を再び赤いカンナが咲く駅にしよう!」「赤いカンナは平和な日常の尊さを教える鎮魂の花」という記事が朝日新聞8月14日の夕刊に載っていた。
この新聞を送って下さった若いカンナ大使の方がいらっしゃいます。Wさんです。
是非広島の子どもたちが咲かせたカンナの球根を植えてほしい、赤いカンナをまた咲かせてほしいと思いました。

……忙しくしている内にはや10月も半ばを過ぎた頃だったでしょうか…やっと根府川に連絡しました。

自治会長のAさんに球根を送りたいと伝えますと、町を案内します。小学校にもお連れします。とおっしゃってくださいました。 それなら、是非、小学校の子どもたちにカンナの講演・演奏会をさせていただけないかと相談したところ、急な申し出にも関わらず、校長先生のご快諾をいただき、植栽と講演・演奏会をすることができました。

11月は野澤さんの舞台が中旬で千秋楽を迎えるので、演奏ができることになりました。

少人数の小学校で、合併になる危機にある学校だそうです。なんとか存続させたいとのこと、是非カンナを植えて、根府川の駅と小学校から平和の花咲く町を提唱して、茨木のり子さんの詩も読んでほしいと思います。

根府川の子どもたちも元気で素直でした。ワークショップの時の問いかけにもよく答えてくれました。

地域の方々もいらして下さいました。ありがとうございました。

神奈川のカンナ大使のSさんがスタッフとして同行して下さいました。
ありがとうございました。

夏にカンナが咲く日を楽しみにしています。

また、会いに参ります。

Aさんまたお目にかかれることを楽しみにしています。
急な申し出にも関わらず親切にご案内下さいましてありがとうございました。

根府川の町にたくさんカンナを咲かせて下さい。






信州デスティネーションキャンペーン―須坂カンナ浄瑠璃公演

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田辺さんのご子息から頂いたシクラメン  三木市長から頂いた須坂の繭でできたウサギ
                                               (photo橘)
故田辺さんを偲んで…… 
今、電車の中吊りに『信州デスティネーションキャンペーン』というポスターがありますが、このキャンペーンに創作浄瑠璃『広島に咲いた希望の花カンナ』の公演で招待されました。
信州なのに、なぜ広島なのでしょう……。
カンナ大使の皆さまはもちろんご存じですが、初めての方のために少し……
『75年は草木も生えない』と言われた原爆投下後の広島…、しかし、戦争が終わって僅かひと月後、爆心地から820mのところに真っ赤なカンナが咲いたのです。
この花を見た広島の人たちは、力強く咲く真っ赤なカンナを見て生きる希望と勇気をもらったと思います。
ところが、広島の人たちはこの事実をすっかり忘れてしまっていたのです。
私が初めて原爆資料館を訪れた時に見た一枚の写真から作られた『浄瑠璃カンナ』。(2005年8月に発表)この講演・演奏会をきっかけに誰も知らなかったカンナの事実を、みなさんに知っていただこうと六年間伝えています。
三年前からは、学校の子どもたちと、カンナの花も咲かせています。
『カンナでつなぐ平和のバトン―世界中の人の心にカンナの花を咲かせましょう』を合い言葉にカンナを咲かせています。
まずは広島の小学校で咲かせました。
翌春は株分けして、長崎、沖縄、東京、大阪で咲かせました。さらに株分けして、鹿児島、奄美大島、兵庫、京都、神奈川・・・など40校の子どもたちが咲かせてくれました。
そして、今年はフランスモンサンミッシェル修道院に咲かせました。 パリ、スペイン、香港にも咲いています。
そして、須坂には、『里帰り広島平和カンナ街道』があります。
65年前に咲いたカンナは都市復興の際に刈り取られました。
今新たに植えているカンナは、須坂の園芸家、田辺さんが、私の活動に感動して、球根1000個を無償で提供して下さったものです。
須坂から広島へ、そしてまた須坂へ ― 里帰りしたカンナはまだ小さいですが、須坂に立派に咲きました。
その須坂で、このたび、『信州デスティネーションキャンペーン』として、カンナの講演とカンナ浄瑠璃をさせていただきました。
カンナを下さった田辺さんや市の職員の皆さまに是非『カンナの講演とカンナ浄瑠璃』を聴いていただきたいとずっと思っていました。
ようやく、願いが叶いました。
しかし……田辺さんはもう……
11月16日 須坂市中央公民央館での講演・演奏会に、約100人の皆さまがお越しくださいました。 
残念なことは、球根を下さった田辺さんがこの会場にいらっしゃらなかったことです…。
9月29日未明、他界されたのです(合掌)……。(ブログ10月をお読み下さい)
会場へは、田辺さんの奥様、これからもカンナの球根を広島に送って下さるご子息さま、幼い時からのお友達もたくさん駆けつけて下さいました。
講演は、浄瑠璃ワークショップも入れて、浄瑠璃に少し親しんでいただいてからカンナの講演を致しました。カンナ浄瑠璃の作品も聴いていただきました。 
実際に里帰りしたカンナの花も見ていただき、須坂市長Mさま(名誉カンナ平和親善大使)からのお言葉もいただきました。
カンナプロジェクトと須坂は切っても切れないご縁を頂いております。
私は、公演中、途中までは、天国にいる田辺さんにも話しかけていたのですが、いつの間にか、田辺さんが私と一緒に舞台に立たれているような錯覚を起こしていました。
田辺さんも一緒にみなさんに伝えて下さっているように感じました。
話しは、広島の子どもたちのこと、カンナを植えている全ての子どもたちのこと(みんなカンナ平和親善大使です)、田辺さんのこと、市のスタッフの皆さんのこと、そして、モンサンミッシェル修道院で植えたこと、市長のエリックさんのこと、モンサンミッシェル市庁舎で行われたセレモニーの様子へと至りました。ビデオも流しました。「フランス語が判る方はいらっしゃいますでしょうか…」などと言っておりますと、おりしも、須坂の友人宅を訪れていたフランスの若い男性が三人入ってらして、モンサンミッシェルの話を聴いて下さったのにはびっくりしました。 
最後に、「これからも須坂との繋がりを大切に、田辺さんのご厚意を世界中に繋いでいきます。須坂からも世界にカンナを発信して下さい!」とお願いいたしました。
終演後、たくさんの皆さまが控え室に訪ねて下さり、感動や感想や今後のことなどお話し下さいました。ありがとうございます。是非、これからもこの気持ちを持続していただき、応援していただけますことを心からお願いいたします。
館長のSさんこのような企画をしていただきありがとうございました。
いろいろ可能性を考えて下さりうれしく思います。
司会をしていただいたTさん、文楽の呼び出しでの紹介ありがとうございました。お教えして、たったの一回の練習とは思えないほどよい紹介でした。
スタッフの皆さまありがとうございました。素晴らしい舞台を作って下さりうれしかったです。
 
教育委員長、校長先生、控え室にたずねて下さりお話ありがとうございました。
是非学校での講演をお願いいたします。そして、須坂からカンナに平和の花の意味をこめて、世界に発信していただけないでしょうか?
個人の力では、球根1つを世界に出すのも難しいのです。
野澤さんの歌舞伎の仕事が四国になるかも知れないとハラハラしたこともありましたが、無事に演奏が出来て良かったです。
野澤さんも「今日もたくさんの人と会って、たくさんの感動を頂いた。これからもがんばろう!がんばらないと!須坂は大好きな町、これからもたくさん訪れたいです」とおっしゃっていました。
帰りには、ご子息さまから丹精のこもった立派なシクラメンをいただきました。カンナの球根もほりかえして置いて下さいました。
カンナのことを伝えることで、たくさんの温かい人の心に触れさせていただいています。
須坂の皆さま本当にありがとうございました。
M市長、昼食をご一緒させていただいているときに、ご葬儀のためすぐに退席されるとお聞きしておりましたが、またお戻りくださいまして最後までお聞きいただきましたこと、深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
写真のかわいらしいウサギ・・・まゆを使った町の特産品ですね。お正月の室礼に使わせていただきます。
これからも、須坂のご縁が続きますことを祈ります。

2010年12月25日 (土)

着物でサッカー

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    2010年5月 広島へ修学旅行の小野小・小坂小。本川小学校にてカンナの球根を掘りました。

豊岡の小野小学校

春に広島に修学旅行に出掛け、本川小学校でカンナの球根を自分たちで掘り起こすという体験学習をした豊岡の小野小学校でカンナの講演・演奏会をすることができました。

豊岡の小坂小学校の校長先生からのご紹介でご縁をいただきました。

全校で60人に満たない学校です。
修学旅行は毎年広島に行っています。隣町の小坂小学校と一緒に行かないと人数が揃わすバスがチャーターできないそうで、二校一緒に出掛けます。

本川小学校の資料館にも毎年見学していると知った橘が、本川小学校の校長先生にお願いして、球根を掘らせていただきました。本当は、本川小学校の子どもたちと交流が出来て一緒に掘り起こせたらよいと考えたのですが……

カリキュラムがいっぱいで、それは叶いませんでした。
しかし、校長先生や教頭先生が掘り起こしやすいようにと一ヶ所の花壇に移して下さいまして、小坂・小野小学校の子どもたちは班行動の時間差も気にせずに掘らせて頂くことが出来て良かったです。
本川小学校の校長先生、教頭先生ご配慮ありがとうございました。

その日は新聞4社の若い記者さんとケーブルテレビの記者さん5人が取材して下さいましたが、取材後皆さんから「カンナの球根下さい」と言っていただき、皆さん『カンナ大使』になって下さいました。
この話はまたゆっくり書きたいです。

さて、小坂・小野小学校とは、翌日の平和公園、原爆資料館、そして宮島も同行しました。 皆さん元気いっぱいな中にも、戦争学習も、真剣な面持ちでしっかりとなさっていました。

原爆資料館に入る前に少しだけ、前日掘り起こしたカンナの球根の話の元になった写真が資料館にあることを説明致しました。

私も資料館の館長さんに表敬訪問のご挨拶を申し上げ、館内を見学しました。
出口の白黒のカンナの写真は相変わらず立ち止まる人影もなく静かにたたずんでいました。

ただ、小坂と小野の子どもたちだけが立ち止まってしっかり観ていただけでした……
子どもたちはどんなことを思いながら見たのでしょうか……

その後は厳島神社見学、みんなお土産を買うのに忙しく、また楽しそうでした(笑)
暑いいち日で、みんな日に焼けて赤い顔に汗だくででした。しまいには疲れて、しゃがみ込む姿も見られました。平和学習、世界遺産、そして家族へのお土産選び、昨夜はきっと遅くまで起きていたのでしょうね。
夕方、たくさんの荷物と抱えきれない思い出を持って豊岡に帰って行きました。

あれから、約半年。 夏には見事にカンナを咲かせてくれました。

そんな小野小学校でも、ようやく、きちんとカンナの講演・演奏会が出来ました。

修学旅行の六年生の顔は見覚えのある顔です。
子どもたちは着物姿の私に少し戸惑ったようでしたが、すぐに思い出してくれたようでした。

モンサンミッシェルに来年は小野小学校のカンナも植えましょうの言葉に笑顔でうなずいてくれました。

一年生もとても興味を持って聞いてくれました。
三味線の体験もしました。
子どもたちの感性は素直で豊かです。感想文を皆さまに公開したいです。

小野小学校は全校生徒60人余りの学校ながら、広大な敷地を持っていて、伸び伸びとした教育がなされています。

裏山と繋がっている校庭は限りがなく、子どもたちの恰好の遊び場です。

夜は鹿たちが遊びに来てフンだらけになることもしばしばだそうです。

月の輪熊も山から降りてくることもあるそうです(怖)

亥がカンナの球根を食べないように工夫が必要だそうです。

長年の取り組みの結果、絶滅のこうのとりが今はたくさん飛んでいる町豊岡。

広大な田んぼに農薬を使わないお米作りはどんなに大変だったでしょう…!
私も3年ほどこうのとりの取材をしましたからわかります。

自然に囲まれた小野小学校の子どもたちは、びっくりしたことがひとつあります。

片道一時間半もかけて歩いて登校してくる児童もいるのだそうです。
幼稚園も併設していますが、幼稚園児もお姉さんお兄さんと一緒に歩いて登校するのだそうです。

私たちには考えられないことでした。

校長先生はにこやかに話されましたが、ご苦労やご心配、ご配慮がたくさんあるのだと思いました。

講演後は、長い休み時間でした。
あんなに広い校庭では、休み時間も長くないと戻って来れませんから(笑)

みんな楽しそうに男女の隔てなく遊びます。

私たちも一緒に遊びました。野澤さんは着物でサッカーに挑戦! 下駄でゴールを決めました(拍手)
一躍、ヒーローになりました(笑)

こんなにゆったりとした教育を受けている小野小学校のカンナは元気に咲いていました。子どもたちが書いた説明がありました。ありがとう!

名残惜しい中 帰路につきました。

小坂小学校の校長先生も挨拶に来て下さいました。
昨日講演した城崎小学校の四角さんも駆けつけて下さいました。

こうして、カンナをバトンにみんなが繋がっていけたらよいと思います。

皆さんありがとうございます。

来春の株分けが楽しみです。

この大きな学校の小さな子どもたちが いつまでも こうしてのびのび過ごした母校が無くならないとよいなあと思います。
そして、この広い校庭のあちらこちらでカンナを咲かせて下さい。

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