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2011年2月14日 (月)

松浦さんが亡くなりました

1月27日、松浦ふさ子さんが亡くなりました。 昨夜ご家族からお知らせいただきました。… 97歳でした(合掌)

1月25日に具合が悪くなり、27日入院先で検査しているうちに亡くなったそうです。ご家族も、信じられないほど早い最後だったとおっしゃってました……。
私も、この頃は、松浦さんは100歳までは生きると思いこんでいました。それくらいお元気でしたから…
お顔はつやつやして、お話しもはっきりと、身だしなみもいつもきれいになさってました。
三年前には転んで足を折るという災難もおありでしたが、リハビリも積極的になさり回復されました。その後再び転んだと伺いましたが、お元気になられ、気丈に凜とお過ごしだったのです。

広島に行く折りには必ず、松浦さんの通うデイケアセンターにご連絡して、時間さえ合えば必ずお目にかかっておりました。

にこやかに私のカンナの報告を聞いてくださり、目に涙を浮かべながら、手を握って、良かった良かったといつも喜んで下さいました。
「橘さんのおかげで、新聞に載って、テレビにまで出してもらって、本当に感謝してます」といつもおっしゃってました。

松浦ふさ子さんは、私が取材させていただいた、被曝者の方です。

語り部さんの話は本などで読ませていただきましたが、初めて、苦しい胸の内を話して下さる方がいらっしゃらないかと考えていた時にご紹介いただいた方が松浦ふさ子さんでした。

2005年、春のことでした。松浦さんの通うデイケアセンターの談話室にお邪魔して一時間ほどお話しを伺いました。
(この時のことは冊子に書いてありますのでご記憶だと存じます)
松浦さんのお話しを基に、カンナ浄瑠璃を書きました。それが、カンナを咲かせるきっかけになった『広島に咲いた希望の花カンナ』の誕生でした。

それから六年、親しくさせていただきました。
デイケアセンターで、毎年夏に演奏会をしました。
松浦さんが一般の会場にいらっしゃるのは大変だと思い、また、松浦さんのお仲間の皆さまや、看護師の皆さまにも聞いていただこうとおもいつき、カンナの講演と楽しい浄瑠璃とパフォーマンスを無償でさせて下さいとお願いしてご披露して参りました。皆さまにも喜んでいただけ、松浦さんにもを恩返しができたのではないかと思っています。
毎回広島に行った時にお会いして、お元気なお姿を拝見することは、私の励みでもありました。
松浦さんも喜んで下さいましたことが私にはなによりうれしいことでした。

その松浦さんが亡くなってしまったのです。

突然過ぎて信じられないです……

松浦さんもまた、天国から見守って下さっていると感じます。

天国で、田辺さんとお会いしましたか?

天国にも田辺さんがせっせとカンナを咲かせて、松浦さんも水やりと原爆の話で忙しい毎日になると思います

そうか!天国にもカンナ街道作って下さっているのだ!
今気づきました。そうですね。私が天国に行ったら、カンナ街道で迎えていただけるのかもしれません。そうですね。きっとそうですね……

今、電車の中でこのメールを打っているのに、涙が出てきて……

そうか……田辺さんが一番先に天国でカンナ街道作っててやるよ!松浦さんが原爆のこと話してるね!ということなんだと…


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