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2011年3月24日 (木)

絶望は望みを絶つとかきます

東北・関東大震災ではたくさんの方が犠牲になりました。ご冥福をお祈りいたします。これではとてもことばが足りませんが、ことばがみつかりません(合掌)
そして、何とか生きられた人たちも辛い避難所生活を送っていらっしゃいます。命からがら生き残った人、最小の被害ですんだ人、大事はなかったものの日常生活ができなくっている人、それを助けようと身体を動かして下さる方、身の危険をかえりみず働いて下さる方、募金という形で、Faxやメールで励ます方、節電することで共に励まして下さる方……そして、世界中から寄せられる救援の心、品物………人間の素晴らしさを見るのはなによりの救いです。

私たち人間は少し傲慢だったかもしれません。使い放題の地球資源。我が物顔につかいすぎました。
自然への畏怖の念、畏敬の念を少しおろそかにしてしまったのかもしれません。
地球上での争い、同じ地球に住んでいるのに、お互いの主張や利権ばかりで傷つけあい、あちこちに爆弾を落としたり、開発開発で地球をきりきざんで傷つけてしまったのかもしれません。

今、『世界中がひとつになろうよ、みんなの地球なんだ、争わないで資源を大事に分けあって、地球が長く永く元気で美しく回って私たちを住まわせて下さるように考えなおさないといけないよ』と言ってるんだと思います。
インターネットがこんなにも発達したのも、もしかしたら、地球はひとつなんだということを、地球はどこもみんな隣なんだと感じさせるためだったのかもしれません。

地球がひとつの国なんだ、ひとつの屋根の下にいると感じる必要があったのです。

今、日本がその気づきのきっかけに選ばれたのでしょうか……。
仕返しをしない、秩序を保てる日本人が選ばれたのでしょうか…

広島、長崎の原爆、そしてこのたびの震災、そしてこれから起こるかもしれないの不安=原発…。

今こそ、平和は人間同士の争いの戦争だけではない、自然と共存することがないと本当の平和はないのだときづきます。

私は、六年間、広島に原爆後1ヶ月で咲いたカンナを伝え、二度と核戦争がないように祈ってきました。
しかし、今、核の問題も戦争だけではなかった。平和は戦争がないということだけではなかったことにきづかされました。人間同士争ってる場合ではないのです。平和利用の原子力発電も考えなくてはならない核の問題だったのだときづかされました。

六年間カンナを伝えて平和の花、希望の花を咲かせることを子どもたちとして来た橘は、新たにたくさんの気づきをしました。

今こそ私にできること、カンナ大使にできることは、カンナで被災者に生きる勇気と生きられるんだという希望を今こそ伝えないと、今までしてたことは机上の空論になってしまいます。
少しでも閉塞感から抜けらるように、『絶望』は望みを絶つと書きます。
希望を絶ってしまわない限り絶望はないと思うのです。広島の方々がこのような立派に復興されたのも『絶望』しなかったからだと私は思っています。
そのひとつに、たった1ヶ月で咲いたカンナも大きな役目を果たしたと信じて、今カンナを世界中に咲かせています。
カンナ大使の学校の皆さま、是非こどもたちの一言を添えたカンナの株分け球根を橘に送ってください。
今こそ、カンナ大使の役目を果たす時です。
一緒にお願いいたします。

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