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2011年4月

2011年4月29日 (金)

ふと思ったこと

桜、桜

東京の桜は八重も終わり、町はすっかり新緑の木々に変わりました。

今は東北地方に満開の桜が咲いているのでしょう。
被災地にも桜が咲いてほしい。

今日の日経の朝刊『春秋』でドナルド・キーンさんのことが書かれていました。
キーンさんはこの震災で日本に帰化し、日本に永住する事を決心したとありました。 キーンさんは、かつては桜にあまり美しさを感じなかったそうです。中尊寺の満開の桜をみるまでは……。と。
「東北の長い冬のあとに黒い森の中で桜が咲くのが本当の桜のよさなのだと気づくまでは……」と。

梶井基次郎さんのお書きになったなかに、確か、「桜の木の下にはたくさんの死体がある」という話があったと思う。

花は優しい気持ちを私たちにくれます。

優しさをくれる花たちは、過酷な厳しさを乗り越えて美しく優しく咲くのだなあとつくづく思います。

キーンさんは自伝に
「生涯を通じて私は、日本及び、日本人について出来る限りのことを学びたいと努力してきた」

努力の裏表にあろう覚悟に思いが至らず質問したことを恥じ入る筆者の文章であった。

その質問は……「息抜きにどんな本を読むか」だったと。

キーンさんの答えは
「息抜きの読書はいりません」だったと……

『息抜き』……

そういえば、よく私も皆さまから言われるなあ…
「息抜きして下さい」と
『息抜きかあ〜…』

時間はほしいと思うけれど、息抜きがほしいとは思わないかな〜

香取の竹の子がおいしいお酒のおともに(^^)!

香取の竹の子がおいしいお酒のおともに(^^)!
一緒に香取に参加して下さったカンナ大使Sさまから翌日お電話がありました。
「今回参加して本当に良かったです。楽しかった!」
「こちらこそありがとうございました。」

お料理の得意なSさまは竹の子の味噌漬けを作ってくださいました。

その日は朝から仕事で夜8時頃に通過する駅に待ち合わせてとでけて下さったのです。

本当にありがとうございます。

写真が彼女の手作りの竹の子味噌漬けです。

日本酒、白ワインが合います。
本当においしいです。
お味噌は洗い流して…とおっしゃいましたが、なんて、勿体無い。お味噌は味噌汁に使いました。
白いごはんのおにぎりにまぶして頂きました。Sさまの愛情一杯の味噌漬けです。洗い流せません。味噌汁もおにぎりもおいしかったです(涙)
お裾分けの分まで頂きました。

お酒をオシャレに召し上がる素敵な女性と、グルメで物知りの女性にお裾分けさせていただきました。

このエピソードをその方々にゆっくりお話したいです。

カンナ大使No.99Sさまありがとうございました。

香取の竹の子のお土産はお茶の子供たちに・・・

香取からの竹の子のお土産は、先日、東京武道館の避難者へのティーホスピタリティに協力して下さった方々にお届けしました。

香取からの帰りが遅かったので代表して、六年生のA君のお母様に皆さまにお配りして下さいとお願いいたしました。

お母様は、「茹でて皆さまにお配りしておきます(^^)」とおっしゃって下さいました。

素敵なお母様です。

皆さま素敵なお母様がたが今回のティーホスピタリティをお手伝い下さいました。
旬の大地の恵みをまずは召し上がって頂きたいです。そしてますますパワーを全開にして下さい!

そして、私は香取の人たちのことを次のお稽古でお話します。

A君のお母様、茹でて配って下さりありがとうございます。
助かります。

ありがとう

カンナの球根はいくら?

カンナの球根はいくら?
先日、カンナや私を応援して下さっているK様がカンナの球根って、市販されているものはいくらなのですか?」と聞きました。
「さあ、わからないです。原価は180円くらいと聞いたような……」

Kさまはインターネットで調べたと言ってお知らせくださいました。

「一個430円です」

「私が繋いでいる球根は、430円なんかではとても売れないです。子どもたちが育ててくれている球根、田辺さんや須坂の人たちが丹精込めて育ててきた球根です。私が一校一校訪ねて、お話して、手紙やメールや電話をして繋いできた大切な球根です。広島の土、長崎の土、それぞれの土地の土を吸ったかけがえのない球根です。お金にはかえられない大変な価値の高い球根ですから」

……そうです!何百人もの精一杯の気持ちのこもった球根なんです。
育ててみるとわかります、この球根を育てると優しさと同時に強さも目覚めてきます。

お金にはかえられない特別な球根なんです。

平和と希望のバトンの球根です

香取から電話が…

香取から電話がありました。「球根の入ったプランター持って帰りましたか?」「いいえ置いてきましたが」「朝起きたら球根がプランターごと無くなってたのです。」「 隣の方におばあ様のお弔いに植えて差し上げて下いと言って帰りましたから、お隣さんではないかしら」「そうですね。後で聞いてみます。」

夕方、また電話がありました。「お隣の方がきれいに植えて下さってました。」「良かったです!」

亡くなったおばあ様のためにきっと早起きして、きれいに植えて下さったのですね。
ありがとうございます。

お会いしたことはございませんが、お祖母さま、天国のカンナ街道見つけて田辺さんと松浦さんのところに遊びに行ってください。

香取神宮にカンナを咲かせる? ③

4月24日日曜日、晴天

昨日の雨が嘘のようにあがり晴天の朝を迎えました。
私はカンナの球根がプランターに二つありましたので車で行くことになりました。運動靴や軍手やタオルも積んでいざ出発。

京葉道路を東に走ります。ナビにセットすると成田より遠いらしいとわかりました。

道路はすいていてスイスイと

インターを降りて、道を聞くため車をとめたら、なんとそこが、香取神宮だったのです。

今日は婚礼が3件もあり大変忙しいと伺っていたことが納得できました。神宮だったのです。神社ではないのです。大きな立派な神宮だったのです……。

『これは参道も長いから皆さん時間に間に合うかしら』と少し心配になったほどです。

早く着いた旨をお電話で社務所にお知らせして宮司さまにお会いすることになりました。参拝後では結婚式の直前ですから申し訳ないと思っておりましたので、車で出かけて良かったと思いました。

宮司さまにお会いして、資料をお渡ししました。

宮司さまは理解を示して下さいました。「境内に植えることは難しいですが、参道のお土産屋さんに、Oさんという方がいらして、この辺りの会長さんをなさっていますから、その方のところに寄って下さい。お話しておきます」
と言って下さいました。

時間の都合で夕方寄らせて頂きました。

O様はお土産屋さんを経営されていて、私ども皆にお団子とお茶を振る舞って下さいました。
笑顔で迎えて下さり、気持ちよくカンナの話しを聞いて下さいました。

植えて下さることになりそうです。
ありがとうございます。
またゆっくりお話を進めていきます。翌日、宮司さま、神社新報社のI様、K様にご報告申しあげました。

3月27日、香取の知人から久しぶりのお電話、東京においでとわかる。その日の私の予定が突然キャンセル。東京青山でお会いした。隠れ被災地のことを知り、今回の企画をした。近所の神社のことを調べたら要石のことがわかった。Mさんに伝えたら知らなかったと神社に確かめに行った。神社に咲かせたいねと植栽のことをある団体に訊ねて断られてしまった。

4月8日、友人に付き添って出かけたFM放送局、突然の出演に出会ったKさまのご紹介で、I様に繋いで頂き、宮司さまにお目にかかることができ、またそこから、お土産屋さんをされている会長さまに……

皆様の善意のめぐり合わせが香取にも導いて下さいました。

カンナは、平和と希望のリレーの植栽のカンナ・プロジェクトは、人の善意のリレーも引き起こしてくれています。

平和、希望、善意のリレーが地球上に伝われば、堅実な未来に繋がりますね!

頑張ります。

2011年4月28日 (木)

香取神宮にカンナを咲かせる? ②

あわてず、あせらす、あきらめず……信念を持ってことにあたりたいと思っています。

ますは、丁子のカンナ大使No.85と100のMさんのまわりからカンナを植えましょう。

そして、もうおひと方、四年前にMさんのレストランでの公演にきて下さいましたH先生がいらっしゃいます。大蔵小学校に咲かせて下さることになりました。子どもたちに伝えられることは大切でありがたいことです。

今回の丁子でも、小さなかわいい子どもたちが植えてくれました。

ありがとう。この球根たちは、広島市内の小学校、戸坂、大州、基町、幟町、白島、矢野西、矢野小学校の株分けを我が家で咲かせた孫の球根です。 戸坂の子供たちからの寄せ書きつきです。

どうぞ大事に育てて下さい。本当に大切場大切な球根です。

また、香取のみなさんの心がプラスされて次にリレーされる球根です。どうぞよろしくお願い致します。

自分の意志というより自然の摂理に逆らわないでいると巡り合わせて下さる不思議な力を頂くことばかりです。感謝感謝の人生です。
この度も、そんな不思議な巡り合わせをたくさんいただきました。

香取神宮の宮司さまにお目にかかることができたのです。

4月6日FM放送に突然出演することになったこともまさしく不思議な巡り合わせでした(過去のブログを参照下さいませ)

そして、その時、その場にいらしたKさんという方に、声を掛けていただきましたことも不思議な巡り合わせでした。
名刺を持っていなかったため、友人にお持ちした出来立てホヤホヤの、今回の隠れ被災地の企画のチラシをお渡ししたのです。
Kさんは、後からご連絡を下さり、カンナ大使になって下さいました。なにかできないかといろいろお話くださいました。親身になって考えて下さり、アドバイスなどもして下さいました。

カンナ大使を3人連れて来て下さったり……。

その日も、今回のカンナ植栽を断られたMさんの話しなどしておりましたところ、「神社新報社に知り合いがいるから紹介するよ」と連れて行って下さいました。

神社新報のIさまは大変お忙しい中をお会い下さいました。

始めは怪訝そうでしたが、カンナ・プロジェクトの経緯や想いをお話申しあげると、「とってもいいことだから宮司さんに話してみましょう。」と言って下さいました。

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」とお礼を申しあげて帰りました。

私には『そうなったらいいなあ』という想いはあっても、『なにがなんでも』というもとは思いません。ご縁があればきっと会えると思います。

翌日の昼、Iさまからお電話があり、宮司さまがお電話下さいとのこと、電話番号をお知らせくださいました。
すぐに宮司様にお電話いたしました。とてもうれしいことに良い感じで受け止めて下さったように感じました。
「明後日よろしくお願いいたします」とお参りの時間をお伝えしてお目にかかる約束をいたしました。

すぐに、I様K様にお電話でご報告申しあげました。
「良かったですね」と喜んでくださいました。
お二方のお陰様です。

4月22日、香取に出かける2日前のことでした。

香取神宮にカンナを咲かせる? ①

香取神宮にカンナを咲かせる? ①
今回のカンナ・プロジェクトは千葉県香取市丁子で植栽をしました。田んぼの真ん中にある町です。「丁子」と書いて「ようろご」と読みます。
御輿の担ぎ手の氏子さんたちのことをそう呼ぶことから付いた地名だそうです。
一度行ったことがあり、田んぼの真ん中でしたから、近くの神社というのは小さなほこらを想像していましたら、神宮と名のつく立派なお宮さまだったのです。(申し訳ございませんでした。認識不足お許し下さい)
参道にはお土産やさんが軒を連ね本宮までは歩くと結構時間がかかります。

参道の灯籠は倒れたままのものもたくさんあり、今回の地震の隠れ被災地と改めて認識しました。

今回この企画をした時に香取神宮を調べても大きな神宮だとは全く気づきませんでした。

この辺りは、大昔から地震が多く、それは地底にいる鯰の仕業だと言われていました。
この大鯰は鹿島神宮までも届く大きさでした。そこで、香取神宮と鹿島神宮では石の柱を地中に打ち込み鯰を押さえたといわれていることがわかりました。

その石を『要石』と言って、香取は凸鹿島は凹、の要石が祀られているそうです。地元のMさんは知らなかったそうです。
私からの連絡ですぐに神社に行って確かめて下さいました。
『要石』あったと電話がありました。

私は、そのような神社だったことを、今回の企画をしなければしらないままだったかもしれません。

まさに、3月11日からもうひと月半も続いている地震が何とか鎮まってほしいと思う毎日でした。
今回の企画から、このような地震に関係のある神社に導いていただきました。 始めは表から皆さんとお参りしようと思いましたが、中に上がって正式参拝することにいたしました。

何とか地震が鎮まりますよう参加者で正式にお参りしたいと思ったのです。

できれば、神社のまわりにカンナを咲かせられたらよいなと思いました。

そんな話しをMさんにすると、Mさんは、地元の花を植えている団体に「カンナを植えられないですか?」と訊ねて下さったそうです。

しかし、結果は「No」
残念というお電話がありました。

ありがとうございます。いやな思いをさせてしまってごめんなさい。しかし、残念ながらそんなに簡単ではないのです。
ただカンナを植えるというだけでは理解していただけないのが現状です。

いままで私がたくさんの植栽をしてきましたのも、ご縁と気長な自然の流れと筋道、そして、カンナを伝えるという真剣な熱意……これらがそろって初めてリレーされるので、慌てないでじっくり取り組みましょうとMさんにはお話いたしました。

でも、Mさんのお気持ちは有り難く感謝いたします。Mさんが、本当にカンナを何とか伝えたいという真剣なお気持ちがうれしいです。
ありがとうございます。本当に感謝です。
きっと嫌な思いをさせてしまったと思います・・・・。

今回はお参りさせていただき、もしお話できるようなら、カンナのことお話させていただきましょう ということになりました。

つづく

2011年4月27日 (水)

香取神宮参拝ー香取に素敵な仲間たちが……

香取神宮参拝ー香取に素敵な仲間たちが……
『隠れ被災地に元気を!』と、カンナ大使No.100の方と企画したバーベキューと竹の子ほりは素晴らしい仲間に出会わせていただきました。

前日の大雨が嘘のように晴れました。初夏を思わせる爽やかな青空のもと、まず香取神宮を参拝する事ができました。願いごとはただひとつ『地震が鎮まりますように』です。
香取神宮は地震に関係のある神宮なのです。香取神宮のことはたくさん書きたいことがありますので、別に書くことにいたします。

隠れ被災地に募金のつもりで有料にした竹の子掘りは、反対に農家の方の善意で無料で頂くことになってしまいました。
こんな時に無理にお金を置いて行くより、これからのお付き合いが本当の気持ちの通じるお付き合いになると思い、ご好意をお受けすることに致しました。竹の子農家の皆さまありがとうございました。
東京から参加した方々の中に野菜を定期的に取り寄せることにされた方、竹の子を改めて注文した方がいらっしゃいました。これこそが本物の交流だと嬉しく感謝しました。
いつも皆さまに感謝することばかりです。
いつもお互いを思いやれる人たちが『カンナ大使』になって下さっていることを私はありかだく、感謝しています。そしてそれが一番の自慢です。素敵な人の輪が和となります。
バーベキューもステーキだけでも2500円だと思います。他にも食べきれないほどのご馳走でした。お酒も用意してくださり、なおらいとなりました。
朝早くから下ごしらえしてなによりも、東京からの参加者をもてなしてくださる気持ちがたくさん込められていました。おいしくいただきました。 楽しくいただきました。ありがとうございました。

『隠れ被災地に元気を!』なんて、、反対にこちらも元気を頂きました。
私が出来るお返しは『カンナ』の話しをすることです。
私はまず明日香ちゃんのことを話しました。
今回の災害と四年生の女の子、その子を巡って、カンナとの関わりから得た人の優しさや寛大さ、そして明日香ちゃんの将来を願う人々の気持ち……

須坂の田辺さんと植栽してくれた学校の子どもたちの心の交流…

もちろん原爆にまけないで復興した広島のこと、原発のこと……など、お話しました。

人の優しさ、強さ……人間っていいなと本当にいつも思わせて頂いています。

今回もそうでした。東京から参加して下さった方々、カンナ大使No.100の香取のMさん、Mさんが連れて来て下さった香取の若いお父さんお母さん、子どもたち、そのおばあさま…。

中には、ご自身のおばあ様が一昨日亡くなったのに来て下さった若いお隣の方……、ありがとうございます。おばあ様のご冥福をお祈り申しあげます。
おばあ様にカンナの花を植えて差し上げて下さいとお願いしました。

この頃思うことがあります。天国ってあるのだと……カンナに関わってくださる方々は、天国でまた巡り会える人たちなんだとこの頃は思うのです。
田辺さんが天国でカンナの道標べを作ってくださっていますから、迷わず安心して天国にいけます。そんな気がします。

香取の皆さまもこれから私たちの仲間になって下さるでしょう。
本当に素晴らしい若い皆さんでした。一緒にカンナを咲かせて下さることになりました。
ありがとうございます。

そして、四年くらい前に私の公演に来て下さった香取のH先生(当時は教育委員会の方でした)は今は大蔵小学校の教頭先生になっていらっしゃいました。大蔵小学校にもリレーをつなぎたいです。H先生よろしくお願いいたします。

カンナ大使No.86と100のMさんご夫妻、ご縁をありがとうございました。

若いお父さんお母さん、子どもたちで球根植えました。広島の小学校で咲いたこの球根を東京の我が家に生けていたものを株分けして50株よろしくお願いいたします。。

カンナをみたら、広島に原発が落とされても、爆心地820mで1ヶ月後に再び甦り見事に咲いたカンナのことを世界中のみんなが思い出せして、希望や元気や夢を持っていくこと。

カンナをみたら、節電しなくっちゃと思って頂けたらと思います。

平和は戦争がないとていいうだけでは確立できません。

今特に原発のことも『核』の問題です。
みんなで頑張りましょう

子どもたちの平和と希望ある堅実な未来のために!

2011年4月22日 (金)

Rainbowtown FMに出演




4月8日(金)夜22:15〜Rainbowtown FMに橘凛保が出演いたしました。『4月6日、友達の下見に付き添いで出かけたFM放送局。突然のキャンセル枠を埋めることになりました。リハなしのいきなりの収録、ノンストップの15分でした。(橘)』

2011年4月21日 (木)

被災地への激励のお手紙が広島私立安田小学校からも……

(このブログは許可を得て載せさせて頂いています)
今日はもう一校、広島の私立安田小学校の校長先生からもメッセージが届きました。子どもが書いてくれたお手紙が同封されていました。

私から3月にお願いした時、学校は春休みでした。新学期になって校長先生が子どもたちに伝えて下さったところ、六年生の女の子が書いてくれたお手紙です。
ありがとうございます。
以下
広島、安田小学校六年生女の子のカンナエンジェルからの手紙です。


こんにちは、私は広島に住んでいる堀江眞子と言います。
東日本大震災のことをテレビや新聞で毎日のように目にしています。その中で、私と同じくらいの小学生についての記事を二つみつけました。一つ目は、配布されるわずかな食料を年下の子どもたちに分けてあげている子どもについての記事です。二つ目は、一人暮らしのお年寄りの家に、毎日、朝・昼・晩食べ物をとどけといる小学生についての記事です。この二つを見てすごいなと思い、勇気がわいてきました。私も何か出来ることはないかとさがして、ぼ金をしたり筆記用具をおくったりしました。私の祖父が、
「広島と同じじゃ。」
と言いました。8月6日の原爆で広島はやけ野原になりした。木も建物もすべてなくなってしまいました。でも、みんなが知恵をだしあって今の広島になりました。
時間がかかるかもしれないかど、必ず町は復興します。みんなで一つになって乗り越えていきましょう


以上原文のまま

ありがとう。眞子ちゃん。眞子ちゃんの名前はどのようにしてつけられたのでしょうか…
眞子ちゃんの手紙はは夏にさくカンナのように、みんなで育ててくれているカンナのように、読む人に元気と希望を与えます。ありがとうございます。

この手紙も明日香ちゃんや龍くん、夏む君、そして、先日お茶を飲んで頂いた被災地の方々に伝えます。
校長先生ありがとうございました。

そしていつも、温かくカンナを見守って下さりありがとうございます。

今年も株分けの季節を迎えました。

広島に参ります。眞子ちゃんにお会いしたいです。


山本校長先生ありがとうございます。

2011年4月18日 (月)

きっと

カンナ大使R.A.さんから温かいメッセージが届きました

Subject: きっと

カンナの花は、明日香ちゃんの支えになると思います。

不思議な力を持った花ですもの。

新しい環境でも、元気と幸せを持たらしてくれると思います。

1人の子供の純粋な思いが、笑顔を伝えて、素敵な連鎖反応となりますよ!

戸坂小学校から寄せ書きが

戸坂小学校から寄せ書きが
4月16日、宅急便が届きました。出かけていたので夜遅くに手にしました。

戸坂小学校から今年の球根と寄せ書きが届きました。
戸坂小学校の校長先生ありがとうございます。

戸坂小学校のカンナエンジェルの子供たちありがとう!本当にうれしいです。元気が出ます。

地震のあと、各校に被災地の子どもたちに寄せ書きやお手紙をお願いしたのですが、広島では8日から16日には卒業式、終了式が終わってしまったあとの私の思いつきでした。

そのお願いが今日届きました。

ありがとうございます。

この寄せ書きを明日香ちゃん、龍君、夏む君に見せたい、届けたいです。

明日香ちゃん、あなたに差し上げた球根を育ててくれている学校の子どもたちからのメッセージです。カンナエンジェルの仲間たちです。

ああ、どうしたら明日香ちゃんに届けられるのでしょう……

どうしても届けてあげたいです。

明日に咲く花明日香ちゃん

これは4月15日に書いたブログです。

明日香ちゃんは、朝は何時に武道館を出かけるのでしょう…
今日は7時過ぎに家を出ましたが会えませんでした。道が別にもあるのでしょうか?
徹夜続きでうとうと寝てしまって気づかなかった瞬間があるのでしょうか……。
約束は破れません……どうしたら会えるでしょう……

そういえば、彼女はK小学校に通い始めたと言っていたのをおもいだしました。いよいよ、最後の手段です。彼女の通う小学校に思い切って電話してみました。 事情をお話したら校長先生に繋いで下さいました。
校長先生も理解して下さり、明日香ちゃんを校長室によんで確かめて下さったそうです。折り返しの電話がありました。
「明日香ちゃんは、橘さんとの約束を覚えていて、カンナの球根をほしいと言っています。」と、
昼休みに校長室で会わせて頂くことになりました。校長先生本当にありがとうございます。感謝です。
直ぐに学校へ向かいました。
学校は給食のシチューのようなよい香りがしていました。
校長先生は温かく私を校長室に迎えて下さいました。
ノックがあり、明日香ちゃんがきました。やっと会えた……やっとです。
思わず両手をひろげて明日香ちゃんを迎えました。武道館の前で待っていたこと、やっと会えたことを話し、球根の植え方、土のこと、鉢のこと、水やりのことなど話しました。

運動靴も履いてもらいました。少し大きいけれど、直ぐに大きくなるから、脱げないなら大丈夫ですね。
Tシャツやぬいぐるみやトランプもほしいものもらってくれました。 龍くんと夏む君にも持って行ってくれると言ってくれました。球根や土も三人分です。かなり重いです。「校長室で預かるから、2日に分けて持っていけば」との校長先生の言葉に首を横に振り「大丈夫です、持って行きます」と、私も心配しましましたが、きっぱりと元気よく言ってくれました。土に挿しておくプラカードも渡しました。そして、『カンナ世界平和親善大使−カンナエンジェル』の認定カードも三人分渡しました。
「広島で原爆のあとたった1ヶ月で咲いた花カンナのことみんなに話してね。どんなことがあっても頑張れは元気に咲くんだねっていうことみんなに伝えてね。それがカンナエンジェルのお仕事なんだ」とお願いしました。明日香ちゃんは私を見て首を縦に振ってくれました。

球根は広島市立戸坂小学校の球根です。

元気に咲かせて下さい。
そして、カンナの花さん、どうか元気に咲いてあげて。枯れないで強く咲いてあげてと球根に祈りました。
明日香ちゃんが育てたら必ず咲いてあげてと祈るばかりです。枯れないでね。 そう思いながら明日香ちゃんに渡しました。

荷物は校長室で帰りまで預かって下さることになりました。「元気でね。龍くんと夏む君にも伝えてね」
明日香ちゃんは礼儀正しくお辞儀をして校長室を出て、教室に戻って行きました。
校長先生は「来週から彼女は転校します。ギリギリでした。良かったですね。しっかりしたお子さんです。大丈夫です。」と言って下さいました。私も校長先生に感謝の気持ちを込めてお礼をして帰りました。

明日香ちゃんは月曜日からは養護施設からまた別の学校に通うそうです。

カンナの花が咲いて明日香ちゃんに元気をあげて下さい。そして、明日香ちゃんも周りの人に元気をあげられる人になって下さい。
素直でしっかりしたところもあり、小さい子の接し方をみていてわかる、とても優しい明日香ちゃんが、これからもカンナのように元気でまっすぐに大きくなってほしいと強く強く思います。

明日香ちゃんのカンナが元気にさきますように、明日香ちゃんが元気に咲きますように・・・天国の田辺さんお願いしますね。二つの花どうぞ元気に咲かせてあげて下さい。見守って下さい。


見守って下さい。

2011年4月14日 (木)

規則と約束

子どもたちの後ろ姿を見送りながら気付いたことがあります。子どもの靴です。かかとの高い大人のオシャレな靴を履いているのです。今にも足を挫きそうです。私にも覚えがありますから、大人の靴を履いて少しうれしいこともあるのかもしれませんが、ずっとでは疲れるし、危ないです。22センチの運動靴がないそうです。
いくらでもありますよね。もっと必要なもの呼びかけて下さいと。さっそくお母様方が自分の子どもたちと同じだからと探してくれることになりました。

募金箱にたくさんお金を入れてるのに、運動靴が足りないなんて、、、運動靴足りませんと言ったら捨てるほど来てしまうから声かけないのでしょうか……、もっと上手く機能する事を望みます。しかも、避難所にはは規則だから渡せないといいました。こんな酷い規則がありますか?規則はやぶれないで約束は破れといいますか?
何とか届けたいです。あなひどい目にあって、また人に約束破られたらあの子たちはどんなにきずつくか……それだけは回避しなくてはと思います

2011年4月13日 (水)

被災者救済ティーホスピタリティプロジェクト、ゼロと一の差について

10日(日)、『被災者救済ティーホスピタリティ・プロジェクト』として、13年間無料で教えて来た足立区の子どもたちやお母様方みんなが協力して下さり、足立区綾瀬の東京武道館に避難している被災者の方々に抹茶を点ててほっと一息ついていただくことが出来ました。桜がはらはらと散る風情ある穏やかな一日を下さったことを天に感謝いたします。
熱いお茶は心にしみたとおっしゃって下さいました。そのようなことばを下さりありがとうございました。こどもたちは元気が有り余るほどのおもてなしですが…こどもたちなりに精一杯の心遣いをしていました。同じ歳の被災者の子どもたちと少しの間でしたが、緊張しながらも、交流していました。大人の方々にも戸惑いながら照れながらも頑張ってました。
直接お話できたことで、テレビではわからないニュアンスが伝わってきました。
手をこまねいてばかりじゃあ一歩も進めない。自己満足でもいい、誰がなんて言おうと、今、子どもたちが点てたお茶がきっと気持ちを伝える、カンナの話しに元気がでる!そうですよきっとといつも言い聞かせるのは自分にです。
背中を押してくれる仲間がいる、子どもたちが成長してくれる…私の13年をみんなが支えて、背中を押して下さった。みんなが背中を押してくれたから……

準備を含め12時から始めて夕方6時まで頑張りました。疲れ知らずの子どもたちが頑張りました。

東京武道館にはピーク時で350人の避難者が今は半分だそうです。職さがしや働き先や昼間はほとんど留守だそうです。ボランティアの数の方が多いような感じです。それだけ、人事とは思えないでみんななにかしらしたいという気持ちで一杯なのですね。

私の教え子たちも、お母様方もこの災害に自分も何かお手伝いできないかと心を痛めていたところだったそうで、本当によく手伝って下さいました。子どもたちもよく気働きをしておもてなししてくれました。
被災者の方12人武道館ボランティアスタッフ2人地元の方10人計24人、私どもの方が人数が多かった(笑)

お茶とお菓子を召し上がっていただきました。
被災者の方とは少ない人数でしたが深く接することができ、カンナを植えることにもなりました。
話して良かったです。みんな元気をもらったと言って下さいました。被災した子どもたちは「カンナ咲かせたい。もらってもいいの」と言ってくれたので、ちょうどひとつ見本に持参した球根をあげることが出来ました。始めてのお客様の龍くん五年生とと明日香ちゃん四年生でした。明日香ちゃんは、龍くんに小さな声で「株がふえたら頂戴」といいました。私は武道館に持って行く約束をしました。「いいの?」と遠慮がちでした。次第に慣れてきて、「誰か連れて来ていい?」「もちろんよ(^O^)たくさん連れて来て」といいました。
五歳の夏む君を連れて来てくれました。小さな手で、おいしいと言ってお茶を飲んでくれました。
帰りは、あらたくんが、武道館まで送って行くと言ってくれました。桜並木を何を話しながらあるいたのでしょうか……。

今日は本当にありがとう。私が一番、元気や希望や勇気をもらいました

今日出会えた子どもたち、人たちへの本当のホスピタリティはこれからなんです。

2011年4月10日 (日)

カンナのバトンをプレゼント

カンナのバトンをプレゼント
カンナのバトンをプレゼント
カンナのバトンをプレゼント
今日は『被災者救済ティーホスピタリティプロジェクト』として、東京武道館に避難していらした被災者の方々とボランティアの方々にほっと一息ついていただくためにお茶を点てます。私が13年しているもうひとつの無償の『子ども茶道教室』の子どもたちに声をかけたら、お母様共々『やる!』と言って下さった方々でお茶を点てて 召し上がってほっと一息ついていただこうと思います。
みんなテレビで被災地の映像をみるにつけ、被災者の皆さまに何か出来ないかと思っています。寄付金だけではとても申し訳ないと思うほど心をいためています。子どもたちも自分が関わっているお茶で被災者の子どもたちにお菓子とお茶を飲んでもらえたら少しはほっとするよ!という気持ちです。
ボランティアの方々もお疲れでしょうからお誘いしてます。
行って参ります。

写真はカンナ大使No.53No.98の方がカンナ・プロジェクトで使ってと寄贈して下さった手作りの作品です。今日飾らせて下さい。

カンナも伝えて元気を出していただけるよう、私も元気に出かけます。

カンナ世界平和親善大使認定100人目

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2011年3月6日カンナ世界平和親善大使認定が100人になりました。

皆様、8日のFMの放送はお聞き下さいましたでしょうか?
ユーチューブにものりますのでご覧くださいませ。
収録の日、ちょうど100人目の認定がありましたら。24日に隠れ被災地の元気イベントをする香取の方です。

認定者の皆さまには正しくカンナの話しを伝えてほしいと思います。
このはなしは全て調査取材をして裏付けをとった事実です。だからこそ勇気と希望を差し上げられるのです。どうぞ100人のカンナ世界平和親善大使の皆さまには、カンナを大事に伝えて下さい。
そして世界中にカンナがさく時には平和な地球、地球に生まれて来たすべて子どもたちが幸せに暮らせる堅実な未来をつくりましょう。カンナの花言葉は『堅実な未来』です。

2011年4月 5日 (火)

カンナ大使認定者が99人になりました


01


『カンナ世界平和親善大使』通称『カンナ大使』認定者(個人正式登録者)が99人になりました。

ちなみに
『カンナ大使認定校』は41校です。

本当にありがとうございます。
一銭にもならない、地位も名誉にもならない橘の活動にあたたかい手を差しのべて下さって本当にありがとうございます。

私はくじけそうになった時、疲れてフラフラになった時に、皆さんからの『カンナ大使認定同意書』のファイルを捲ってめくって‥‥そうしてしる内に『頑張れる!』という元気をもらいます。希望と勇気をもらいます。
6年前のあのカンナの写真と同じように‥‥

2004年秋、初めて広島を訪れて見せつけられた原爆の脅威から私を救ってくれたカンナの写真のように‥‥。
原爆からたった1ヶ月で咲いた真っ赤なカンナは、私に希望と勇気、元気をくれたのです。

カンナにお礼がしたくて、みんなから忘れられてしまっているカンナのことを伝えることにしました。

私がカンナからもらったように、皆さんにカンナからの希望や明るさと元気を差し上げたいと思って6年半頑張って来ました。

そして、また、たくさんの子どもたちとカンナの球根を植えたり掘ったり咲かせたり…結局は私がまた、たくさんの明るさと希望と元気を頂いています。

そんな私を手伝って下さる方々に何か少しでも『手伝って下さっている証し』のようなものが差し上げられないかと思って作ったのが『カンナ大使』の称号でした。

『こんなくだらないことに誰も乗ってきてくれなかったらどうしよう…』
そんな気持ちで、今まで手伝って下さった方々に恐る恐るメールを送りました。
直ぐに返信して登録して下さったのが、Dさんでした。どんなに有りがたかったか、どんなに嬉しかったか……勇気を頂きました。

部屋の中でありがとうありがとうありがとうと何度いったことでしょう…

その後、一枚、また一枚と送られてくるFaxに涙がでました。

なんて素敵な方々なんだろう、こんな素敵な人に出会わせて頂いたことを神様に感謝しました。その時の気持ちは今でも忘れられません。

それからの日々、Faxは音を立ててうれしい知らせをおくり出してくれました。

こんな地位も名誉も何にもないちっぽけな活動にお付き合い下さる方々がいて下さる……

先日、ある方から、「カンナの説明するのに認定証があるといいな」と言われました。さっそく認定証をパウチして作ってみました。
ナンバリングをしましたら、なんと99人でした。
こんなにたくさんの人たちが登録して下さったのですね。ありがとうございます。本当にありがとうございます。

おひとかたおひとかたにさまざまな思い出があります。
たくさんの奇跡がありました。

滑稽なハプニングがありました。しかしギリギリでクリアできました。

みんなの平和への思い、祈りがあったからです。

カンナ大使の皆さんの祈りが田辺さんのガンを消したことだってありました……
祈りが集まれば大きな奇跡を呼びます。


今、核の恐怖が原子爆弾だけではないことがよくわかりました。
戦争だけではない日常の中にもこんなに核の恐怖はあったのです。

戦争がなくなるだけでは、本当の平和な世界は築けないのですね。
核を使わなくても暮らせる世界を作ることが、本当に平和な世界を作るのですね。
地球の未来のためです。
カンナの花ことばの通り
『堅実な未来』のために
カンナを人の心の中に咲かせていきたいです。

今、世界はひとつになれそうです。
日の丸ライトアップを世界中でして下さっています。
100人目のカンナ大使はいったいどんな方なのでしょう……

一緒に復興のカンナを植えに行って下さい!

たくさんの元気や希望を被災地にも咲かせましょう!
そして、広島や長崎が復興したように


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