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2011年6月21日 (火)

3ヶ月経った被災地

3.11から3ヶ月。私が訪れて、ちょうど1ヶ月です。東北へ向かう景色は少し変化を見せています。
 無味乾燥なサンドべージュの中に、緑が見えます。先月は無かった緑色が、そこかしこに低く広がっています。自然は強い。3ヶ月で息吹いてきたのです。
 それとは対照的なのが、茶褐色の固まりと化した車の残骸でした、家の鉄骨でした。
いつも、自然が先に強さを見せてくれます。文明はもろい。いいえ、もろいのは物質です。物質に人の心が添えられたとき文明は強くなる。
 2度目の東北。道も分かり、迷うことなく蒲生に着きました。蒲生は被災地の重機の活躍の跡が見えるほど整地されつつあります。残骸となって立っていtた建物は取り払われ、あたりは見晴らしよく平らな瓦礫の地と化していました。ところどころには整然と積み上げられた瓦礫の山、車の山があります。人の手の加わったことが見て取れます。
 相変わらず、非難した体育館は残っていて、周りに建物がなくなったせいでしょうか、ひと月前に見たときよりも近くに感じました。異臭が前回より強く感じられます。カラスが異様に多いのが気になりました。
水仙はもうあとかたもなくなっていました。重機は佐藤様の家の跡地にも入っていました。良かった・・・・。水仙は、今は広島の子供たちの心にしみて生き残っています。カンナのように忘れ去られる事はもうありません。本当に良かった。佐藤様も喜んでくださいました。水仙助けに行ってよかったと思っています。
 時として、私たちは小さな力に助けられることがあります。ちょっとした笑顔や微笑、短いことば、そして小さな名もない草花・・・。大事なのは、『感じ取る心』です。
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1ヶ月前の水仙


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