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2011年6月 1日 (水)

避難所、宮城野体育館=宮城野アリーナ

漸く宮城野アリーナにたどりつきました。

Hさんに、東京武道館での規則の厳しかった明日香ちゃんのいっけんを話し、佐藤さまに会えないかも知れないけれど行って参りますと、体育館に入りました。
入った瞬間に、東京武道館とは違う避難所の空気が感じられました。

「こんにちは、ご苦労様でございます。面会したい方がいらっしゃいます。お願いいたします。」恐る恐る尋ねました。「はい、ではこちらにお名前を書いて下さい。面会者はこちらにお書きください」 こちらです。といとも簡単に中に入ることができてしまいました。 明日香ちゃんの時のあの苦労はいったい…… と思うほどでした。

佐藤さまはいらっしゃいました。

事情をお話すると、佐藤さまはカンナのリレーに感動して下さり、球根を欲しいとおっしゃって下さいました。花が大好きで、あの日もすいせんをここに生けていたとペットボトルを切った花瓶を指さしました。

「命がらがら逃げて、この避難所は二ヶ所目です。隣の足の弱い老夫婦を置いてはいけないと、むりやり連れて逃げたおかげで助かりました。お隣のご夫妻がいなければ、逃げろの第一声で、車に乗せて頂くところでした。渋滞の車の列を津波は襲いました。お隣さんを迎えに行ったから車に乗らないで命びろいしました。お二方は命の恩人です。」て……

「避難して、家を見に帰り愕然としました。しかし、そこには、母のかたみとなったすいせんが咲いていたのです。母は花が大好きで、退院したら通院に楽な蒲生に家を買ったのです。一緒に住むために、庭にすいせんを植えて母の退院を待ちました。母はがんとは知らないまま、すいせんの咲く家に住むことなく、帰らぬ人となりました。」

あねすいせんは、お母様の形見だったのです。

そのお母様が、蒲生に家を建てたから、きっと一緒に住めなかったけれど、一緒に住めないのをわかりながら、告知できずに家を建ててくれたお礼に、守って下さったのですね。 そのすいせんだったのですね。
これはなんとしても、守ってあげなくてはならないです。
「一緒にすいせんを掘り起こしに行って下さい。カンナのように、なくしてはならないと思います!」と話しました。「行きましょう!」 と佐藤さまも賛同下さいました。

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