« 津波で校舎は・・・・。泥まみれの校旗 | トップページ | 岩手にもカンナを »

2011年6月24日 (金)

車は急ぎ仙台へ・・・。岩手からまた遠ざかる・・・・でも・・・・・

 飯野川小に戻ると、広島から球根が届いていました。大州小学校と    小からです。石巻の小中学校で植えられます。
H先生のご尽力で球根を22日に教頭会で手渡される予定です。
ありがとうございます。どの学校にリレーされたか後で教えていただきます。本当にありがとうございました。また、石巻に参ります。
 車は仙台に向かいます。道はすいていて予定よりも早くつきました。お茶を頂きながら、思い切って福島のカンナ大使Hさんに相談しました。
岩手には前回も行かれなかった・・・・。福島へのリレーは赤湯温泉に植えました。宮城は石巻、仙台とカンナを届けることが出来ました。岩手だけ仲間はずれにしたくないです。岩手こそたいへんだと聞いています。岩手陸前高田に行きたいと思います。「そだな!いくか!」そういって下さいました。
お疲れではないですか?「だいじょうぶだ!いくべ!」
「孫と同じくらいの子供たちだ。孫は学校来ないでなんていうべ。
いい体験させてもらってるさ」そういってくださいます。ありがとうございます。子供たちを見ていると疲れは確かになくなります。
「予定を一日延ばして明日は岩手に行ってみましょう!」
現地のホテルはどこも満杯です。かなり手前のホテルがようやく取れるような状況です。
 そんな話をしているうちに鶴巻小学校の約束の時間です。車に乗り込んだとたんに嵐のような土砂降りです。「馬の背を分ける」と言う表現を始めて体験しました。これは晴れると思いました。土砂降りの植栽は無理ですから。5分ほどで学校に到着。
雨は上がり、ぎらぎらの太陽の出番です。
 先日はお目にかかれなかった校長先生が、今日はお迎えくださいました。地震当日は前任の学校だったとのこと。4月からの赴任だそうです。詳しくその日のことを話して下さいました。
校舎は無事でしたが、学区域が被害の大きかった辺りまでなの
       
で、避難所から通学している児童も多くいるのだそうです。「何か
触れてはいけないような言葉などはありませんか?」「原発のこ
とには触れないで下さい。」「承知しました」
 6年生の担任の先生も二人打ち合わせに来て下さいました。原爆から1ヶ月で花が咲いたことはすごいことだと、復興へのシンボルとして伝えてほしいと。45分授業の25分を話にあて、全員で花壇に移動して植栽しました。
 1ヶ月前の長崎精道小学校・戸坂小学校の球根は葉が少し出ていました。今日は、安田、己斐、矢野、平良小学校の株分けバトンです。みんな一生懸命、わいわい言いながら植えてくれました。先生方も泥んこになりながら一緒に植えてくださいました。土砂降りの短い雨のおかげで土はやわらかくなり、水分を含んで植栽には良い状態でした。スコップで掘ってくれる子、じょうろで何回も水を運んでくれる子、じりじりと焼けるような日差しとカンナ。子供たちの元気な声と惜しみなく働く様子に、必ずここも復興すると思いました。
 文字にすると軽いような、不謹慎な言葉に聞こえるかもしれないのですが、前に向いていると感じました。そして、自分たちのことばかりでなく、広島のことを気遣えるやさしい子供達です。
 私にこんなことを質問してくれました。「原爆のときは大変でしたか?怖かったですか?」と。私の年齢の計算が出来なかったのではないのです。大変だっただろうなと心から思ったからなのだと思いました。そんな優しい問いかけ方でした。「私はまだ生まれてなかったのよ」と話すと、「じゃあ、資料館を見たときは大変でしたか?」と真面目な顔できいてくる。「う~ん、怖い写真や、目を背けたくなるようなものもたくさんあって、胸が締め付けられるようだった・・・」と答えると『う~んそうなんだ』というようにうなずいた。
「この球根はどこから来たのですか?」「広島で咲いていたの」など話しかけてくれました。
 植栽の後、「ありがとうございます。皆さんはカンナ大使です」と伝え、カンナのことをお願いしました。咲かせてください。誰かに話してください。育ててくれる様子が目に浮かびます。
        

« 津波で校舎は・・・・。泥まみれの校旗 | トップページ | 岩手にもカンナを »