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2011年6月 1日 (水)

たくさんの方の手を添えて植えられたカンナ

マイクを持って、体育館の真ん中に行きました。

小さな声で、「こんばんは。おくつろきのところ、失礼致します。」と少しずつゆっくりと話し初めてみました。

段々と皆さまがこちらに向いてきてくださるのを感じました。お邪魔ではなく少しほっとしました。

「今日はカンナの花を皆さまに植えて頂きたくて、東京から参りました。」

この度の被災にたいして、ことばが見つかりませんが、心から一日も早い、いつもの毎日が戻りますようにお祈り申しあげます。のようなことをお伝えしたつもりですが……適当なことばが使えたかどうかわかりません。
この皆さまの前で、本当に相応しいことばは何なのか正直わからなかった……。
そぐわないことばを言ってしまうかも知れないです。こんな時は言葉が怖いもののように感じます。

「カンナは真っ赤な花が咲きます。 元気をくれる花なんです。
このカンナの花は、今から66年前に、広島に原爆が落とされて、たったひと月で咲いた花なのです。
しかも爆心地から820mのところにに咲きました。

しかし、そのあと、目覚まし復興を遂げた広島は、カンナをの存在を忘れてしまいました。

私は、復興につながった生きる希望と勇気をくれた真っ赤なカンナをもう一度皆さまの心の中に咲かせてほしいと思いました。

今、広島の子どもたちとカンナを植えて咲かせています。
広島の子どもたちが咲かせるたカンナは翌年は、長崎、沖縄、東京、大阪にバトンしました。翌年は、鹿児島、兵庫、京都、神奈川……とリレーされ世界にもバトンされました。フランス、スペイン、香港です。
広島、長崎、日本中の子どもたちが咲かせたカンナの花をリレーして、世界中に咲かせることができたら、原爆なんか落とせなくなると、そう信じています。
カンナは、平和と希望の象徴です。そして、何よりも元気をくれる花です。

今年は、このバトンを皆さまのところに植えさせたて頂けたらと思います。

カンナを咲かせると元気が出ます。カンナが元気をくれます。

カンナから元気をもらったら、今度は自分が周りの人たちに元気を差し上げる番です。

そして、カンナは復興のシンボルではないでしょうかか…。

皆さまの一日も早い復興を祈ります。

今日は五株、鉢と土も持って参りました。

もしよろしければ、一緒に手を添えて 植えて下さいませ。

お寛ぎの時間に、私の話しを聴いて下さり、誠にありがとうございました。」

涙がけらえられなくなくて申し訳ないことをしました。皆さま、泣きたいのをこらえていらっしゃるのに、私が泣いてはならないのです。しかしどうしても涙が出てしまいます。

反対に、ご年配の女性に、よしよしと肩を叩いて頂いてもしまいました。
「貴方みたいな方ばかりだといいのに……」と言われました。

15〜20人くらいの方々が中央に出て来て下さり、一緒に手を添えて、カンナを植えました。

このような植栽をさせていただきありがとうございました。突然の訪問にも拘わらず、ありがとうございました。

「大切に育てますね」「ありがとう、うれしいわ」「こういうものを待っていたの」「咲いたら写真おくります。」「頑張って下さいね」「世界中にカンナ咲かせて下さいね」励ますつもりが、反対に励まされて、涙が止まらなくなりました。 別れ難く、挨拶をして、避難所をあとにした時は、すっかり真っ暗になっていました。

なんの下調べもなく、約束もなく出かけてきたのに、カンナを植えて下さるご縁を頂きました。

カンナの計らいでしょうか…
田辺さんと松浦さんのお導きでしょうかか…

ありがとうございます。
そして、Hさん、車をだして下さり、ずっと運転して下さり、ありがとうございました。疲れたことと思います。
すいせんの球根を掘ったり、カンナを植えたり、道にも二人で迷いましたね(笑)
地図にユンケル、あたたかいお気遣いに感謝しています。ありがとうございました。一緒に復興を祈りました。

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