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2011年6月21日 (火)

朝日新聞からも取材の依頼が・・・

朝日新聞からも取材の依頼が・・・ 
先日の朝日の記事が送られてきました。お礼の電話をすして、 
6月に再度東北に行くことを話すと、取材したいという申し出がありました。うれしいことです。広島に伝えてください。お願いします。  
このところは、飯野川のH先生と連絡取り合っていますが、石巻の小学校でカンナを植えてくださるのは100校近くになったと連絡がありました。うれしいです。少しでもお役に立つことができるなら、皆がそう思っています。ただ、連絡が間に合うかどうか・・・。広島の学校に連絡するにも、私も授業があり電話連絡は難しく、その上、土曜日曜が入り、その上学校は運動会、修学旅行、遠足シーズンです。うまく、連絡そして球根掘り起こし、送付、子供たちのメッセージなど整うか心配です。球根も大事ですが、何とか子どもたちのメッセージを届けたいとおもいました。 
 福島のカンナ大使のHさんのご都合も伺い、どうやらすべて整い、いつものごとく、資料を作り、冊子を書きたして印刷、折って、とめての作業を徹夜で5冊のところでタイムリミット。新幹線で福島へ向かいました。 
 福島では、前回同様にHさんがジープでユンケルを買って待っていて下さいました。本当に有難いです。買い物に行く時間も無く印刷作業やらにおわれていて、半ばフラフラな状態ですから、本当に助かります。新幹線の中で1時間ほどぐっすり眠りました。人に運転させてグウグウ寝るわけには行きません。 
Hさんは「寝ていいから」と言って下さいますが、とんでもないことです。 
 Hさんだって忙しい中お疲れの中に協力してくださるのです。 
本当に感謝です。旅は道連れといいますが、道連れがなかったらとても難しいことです。ありがとうございます。 
 東北に向かう2日前に、佐藤様(すいせんの持ち主)にはお電話をいたしました。借り上げの仮設住宅での生活が始まったこと、電化製品13日から使えること、カンナと水仙は、伯母上様のところで植えているとのこと、12日は水仙が形見になったお母上さまの13回忌の法要だということ。などが分かり、少しほっといたしました。仮設住宅は2年だけですから、その後のことを考えれば、まだまだ安住の地ではありませんが、とりあえず避難所生活から開放されたのではないかと思った次第です。
佐藤様の写真を送る住所を伺いました。住所が定まらないと何も始まらないと感じます。良かったですねと申し上げてよいか分かりませんが、これしかことばが見つかりませんでした・・・・。
         

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