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2011年9月

2011年9月25日 (日)

人の心に咲いた「カンナ」

花はあちこちに咲きます。しかし、花たちは、ちゃんと場所を選んで咲いているのかもしれません。
花が美しいのにも理由があります。虫を魅了するためです。花も子孫を繁栄させる使命を持って生まれてくるのだそうです。

人は、花を見て美しいと感じ癒されます。
四季を感じとることができます。
健気に咲く花に勇気をもらいます。
大切な人を偲ぶこともあるでしょう……。

ひとりひとり違う想いを秘めているかもしれません。
花が人と人を繋いだとき、花は社会性を持ち、社会の一員になります。カンナは今、少しずつ社会の一員になっていくように感じます。

ひと昔前には、どこにでも咲いていたカンナ。
電車の走る線路脇に、駐車場の片隅に、誰が世話するわくでもないのに、毎年毎年、健気に元気に咲いていました。
今はカンナの花を見なくなりました。
鉄道も整備され、手の加えられた植物を咲かせ、ほとんどの電車は地下に潜りました。

今、私はカンナを咲かせるリレーをしています。

時々、うれしいメールがきます。
「今日、カンナが咲いているのをみました。橘さんのことを思い出しました。世界が平和であることを祈りました。」
「今年もカンナが咲きました。毎年見ていたカンナなのですが、今までとは違った感じでみています」

カンナに意味を持たせて下さったのだと思います。
ローマのバチカンラジオの記者さんの家の庭にも毎年カンナが咲いているそうです。
「今まで、ただそこに咲いているというだけのカンナでした。今年は、もっと大事にしようと思いました。」

カンナは人の心に咲いたのです。

平和は戦争がないということだけではありません。

2011年9月24日 (土)

布泉のつくばい

「布泉のつくばい」
布=滞るお金
泉=流れるお金
だそうです。
俗に言うと金は天下の回りものの意味。しかし、とても深い言葉なのだそうです。

寄付を頂くことにためらいを感じていた私に大きなヒントをくれた言葉です。

私はお茶の習いをしていますが、その習いの宗匠のお茶会に京都に伺った帰りに、大徳寺大仙院に立ち寄ったことがありました。もう10年ほど前のことです。 尾関宗園和尚に再会いたしました。
大仙院での修学旅行生への話しは名物和尚の異名をとるにふさわしい尾関宗園和尚。「今やらないでいつやるんだ!」と。私も中学校の修学旅行でお話しを伺いました。
中学生の私には、話しも人物も非常に印象的でした。
高校生になった時、偶然、本屋さんで、尾関宗園和尚の本をみつけました。夏休みの読書感想文の宿題にしたのを覚えています。

それ以来、たぶん本棚のどこかに埋もれていたと思います。

どこかのお茶室で「大道長安に続く」を見たことがありました。
そんな時、京都にお茶会に行き、和尚に再会をしたのでした。

思わず「中学校の修学旅行で、和尚さまのお話しをお聞きしました。今やらないでいつやるんだ!を覚えています。」と申しあげますと「そうでしたか、そうでしたか」と言って下さいました。

帰宅して、その本を探して読みました。
不思議。「大道長安」が書いてありました。「金は天下の回りもの、金も人も楽しいところが好き」と。

先日、本棚を整理していますと、また、この本が出て参りました。

ちょうど、社団設立に迷っていた時のことでした。
もう一度読み返してみました。
「布泉のつくばい」と書いてありました。
前は気付かなかった言葉です。
これは禅宗のお寺の手水=つくばいの石に彫ってある文字です。
丸い石に四角のくりぬきの水。それを挟んで、両脇に「布」「泉」と書いてあるそうです。

「大道長安」からお話ししましょう。
長安という大きな都には、いつもたくさんの人間が集まり賑わっている。 活気がある。そこには、大きな道が何本も通っていて、活気を求めて、商人も、客も泥棒もやってくる。
人間も同じ。お金も人も様々なものが吹き抜けて行く。大事なのは「活気」つまり「おれは生きているぞ、という生命の力」だそうです。これさえあれば怖いものはない。お金に執着するものはない。そんなことを考えてるヒマなどないほど、精一杯に生きていれば 、生ききっていればお金も自然と巡っては流れ巡っては流れて「布泉のつくばい」となるのだそうです。
まさに、私が今までやってきたことです。よくやってこれたと思います。精一杯生ききってきたことだけは間違いないです。だからなんとかやってこれたのでしょう。
今までは私一人分の巡りだった。これからは、子どもたちの将来にとって、地球という規模で必要がでてきた。このステージでも精一杯生ききっていれば、また、なんとかなるということなのだろう。
ステージが上がってもうひとがんばりが必要になって、自力では無理になった。それを手伝って下さる方が現れて下さった。
寄付を集める自信はなかった。だから、今、想いが少し小さくなってしまっている。これではダメだ。
この7年、お金が大丈夫かなんてこと考えてるヒマがなかった。
そうだ、寄付が集まるかなんて考えなくてよいのだ。私が本気で生ききっていればお金はあとからついてくるのだ。私が考えなくてはならないことは、必要なこと、遣るべきことの直感だ。今まで通りなのだ。 更に、点と点を結ぶことを続けるだけなんだとわかったら、少し気が楽になりました。
お金のことは自信がない。だから社団にしてやっていけるのか心配だった。そんなこと考えなくてよいということなんですね。

中学校の修学旅行の和尚さまとの出逢いが、こんなに時間を経て、あらためて教えを頂けるなんて、有難いことです。
ありがとうございます。

大道長安に続く

です。


想いを馳せる…台風15号の爪跡

東京は涼しい秋分の日を迎えました。

昨日、奈良の天川にお電話したところ、やはり被災されていました。
小学校も、二階まで水が上がったとのことでした。

仙台宮城野区もやはり浸水していました。皆さん無事とのことですが、家から出られないため、登校できなかった児童もいたとのことです。

石巻の飯野川小学校も少し水がでたようです。飯野川小学校に避難して勉強をしている、大川小学校は修学旅行のご招待を受けて秋田の鹿角市に出かけていて、再びの恐怖に合わないですんだと聞き、少しほっといたしました。

しかし、仮設住宅が水に浸かったと聞きました。

8月初めに避難所は閉鎖されましたから、移られてまだ一月余りで、またも、災害に遇われたとは……。

私にできることはなんだろうか……と。

私の家の前の街路樹も根元から折れて倒れました。
大事はなかったのですが、都内でも、数ヶ所で大木が倒れたとニュースで聞きました。
こちらの木のことはニュースにならなかったことを考えると、ニュースでは報道されないが、被害にあったところは他にもあるのだと思います。

個人の力は限界だらけで、想いばかりで力になれないです。

しかし、せめて、せめて、相手に想いを馳せることだけでもできたらと思います。それしかできないとしても、それをやめないことが大事だと思いたい……

忘れてしまうこと、無関心…これが一番怖いことだと感じます。

2011年9月22日 (木)

台風15号

自然は時に脅威を見せつけますが、何かを示唆してくれているのでしょうか……
台風15号がゆっくりゆっくりと、しかし、大きな威力で、見せつけるように通過していきました。

奈良の天川にこれから電話します。
石巻は8月3日に避難所は閉鎖され仮設住宅に皆さん引っ越されましたが、その仮設住宅あたりが浸水したニュースをみました。今現地に聞いています。
仙台宮城野区も浸水です。ここには、東北で宮城野体育館を探して迷った時、親切に道を教えて下さいました、鶴巻小があります。鶴巻小からバトンされた中野栄小があります。あとで電話いたします。

皆様の地域は大事なかったでしょうか?

東京は台風一過の今朝朝焼けがきれいでした。

3月の震災から、人々は自然に対する畏怖の念、畏敬の念を新たにし、助け合い思いあってきたのにまだ足りないと自然は言っているのでしょうか……?

いろいろ考えさせられる台風でした。

ちょうど、田辺さんが天国に行かれて一年が経とうとしています。

各校に当ててお手紙をかいたところでした。

田辺さんの一周忌に須坂に皆さんの植えたカンナを里帰りさせたいと考えています。

須坂からのお返事待ちです。 全国は無理なら広島の子どもたちからだけでも届けたいです。

もし無理なら、カンナの写真とお手紙を送りたいと思います。

子どもたちにカンナを通じて伝えたいのは、カンナを咲かせることだけではないのです。たくさんの学校に植えるという数ではないのです。カンナを植えることで、バトンを繋ぐことで、人とのご縁の大切さ、人が人に思いを馳せることが大切だということの尊さを身を持って感じてほしいのです。
昨年、田辺さんの癌がわかった時、みんなは気持ちを込めて、手紙や寄せ書きや絵本、全校児童に呼びかけて、千羽鶴を折ってくれた6年生もいました。皆さん立派でした。うれしかったです。
東北の子どもたちを心配して手紙を添えてカンナを送ってくれたこともうれしかったです。
大事なことは、その心です。これが「恕」なのです。
須坂からお返事がきましたらFAX送ります。

植えられる場所があるかによりますが、もう少しお待ち下さい。

天国の田辺さんにいつまでもお礼の気持ちを忘れないいましょう!

苦しい時に、カンナの球根を掘り起こし送って下さった田辺さん、一言もそんなこと言わないで黙々と球根を送って下さったのです。
もう少し待っていて下さいね。


そして、台風の被害が少しでも少ないよう祈りましょう。

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