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2011年9月24日 (土)

布泉のつくばい

「布泉のつくばい」
布=滞るお金
泉=流れるお金
だそうです。
俗に言うと金は天下の回りものの意味。しかし、とても深い言葉なのだそうです。

寄付を頂くことにためらいを感じていた私に大きなヒントをくれた言葉です。

私はお茶の習いをしていますが、その習いの宗匠のお茶会に京都に伺った帰りに、大徳寺大仙院に立ち寄ったことがありました。もう10年ほど前のことです。 尾関宗園和尚に再会いたしました。
大仙院での修学旅行生への話しは名物和尚の異名をとるにふさわしい尾関宗園和尚。「今やらないでいつやるんだ!」と。私も中学校の修学旅行でお話しを伺いました。
中学生の私には、話しも人物も非常に印象的でした。
高校生になった時、偶然、本屋さんで、尾関宗園和尚の本をみつけました。夏休みの読書感想文の宿題にしたのを覚えています。

それ以来、たぶん本棚のどこかに埋もれていたと思います。

どこかのお茶室で「大道長安に続く」を見たことがありました。
そんな時、京都にお茶会に行き、和尚に再会をしたのでした。

思わず「中学校の修学旅行で、和尚さまのお話しをお聞きしました。今やらないでいつやるんだ!を覚えています。」と申しあげますと「そうでしたか、そうでしたか」と言って下さいました。

帰宅して、その本を探して読みました。
不思議。「大道長安」が書いてありました。「金は天下の回りもの、金も人も楽しいところが好き」と。

先日、本棚を整理していますと、また、この本が出て参りました。

ちょうど、社団設立に迷っていた時のことでした。
もう一度読み返してみました。
「布泉のつくばい」と書いてありました。
前は気付かなかった言葉です。
これは禅宗のお寺の手水=つくばいの石に彫ってある文字です。
丸い石に四角のくりぬきの水。それを挟んで、両脇に「布」「泉」と書いてあるそうです。

「大道長安」からお話ししましょう。
長安という大きな都には、いつもたくさんの人間が集まり賑わっている。 活気がある。そこには、大きな道が何本も通っていて、活気を求めて、商人も、客も泥棒もやってくる。
人間も同じ。お金も人も様々なものが吹き抜けて行く。大事なのは「活気」つまり「おれは生きているぞ、という生命の力」だそうです。これさえあれば怖いものはない。お金に執着するものはない。そんなことを考えてるヒマなどないほど、精一杯に生きていれば 、生ききっていればお金も自然と巡っては流れ巡っては流れて「布泉のつくばい」となるのだそうです。
まさに、私が今までやってきたことです。よくやってこれたと思います。精一杯生ききってきたことだけは間違いないです。だからなんとかやってこれたのでしょう。
今までは私一人分の巡りだった。これからは、子どもたちの将来にとって、地球という規模で必要がでてきた。このステージでも精一杯生ききっていれば、また、なんとかなるということなのだろう。
ステージが上がってもうひとがんばりが必要になって、自力では無理になった。それを手伝って下さる方が現れて下さった。
寄付を集める自信はなかった。だから、今、想いが少し小さくなってしまっている。これではダメだ。
この7年、お金が大丈夫かなんてこと考えてるヒマがなかった。
そうだ、寄付が集まるかなんて考えなくてよいのだ。私が本気で生ききっていればお金はあとからついてくるのだ。私が考えなくてはならないことは、必要なこと、遣るべきことの直感だ。今まで通りなのだ。 更に、点と点を結ぶことを続けるだけなんだとわかったら、少し気が楽になりました。
お金のことは自信がない。だから社団にしてやっていけるのか心配だった。そんなこと考えなくてよいということなんですね。

中学校の修学旅行の和尚さまとの出逢いが、こんなに時間を経て、あらためて教えを頂けるなんて、有難いことです。
ありがとうございます。

大道長安に続く

です。


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